田中伊知子⑥
「幼い頃に思ったんですよ。世の中には自分が逆立ちしても断片すらわからない難しいことをいともたやすく理解できる人がいるようなのに、なぜそうした実在する信じられないほど賢い人たちが、例えば総理大臣や大統領になって、世界を平和にしたり、さまざまな問題を解決したりしないのだろう? なぜあんな強い者がやりたい放題できる資本主義と牢獄のように自由のない社会主義しか生みだせないのだろうか、と。成長するにつれてわかりましたけどね、信じられないくらい頭がいい人間など実はほとんどいないのだと。確かにある分野では神がかっているほどの頭脳を持っている人もいますが、そういう人がステレオタイプな偏見をまったく疑うことなく信じている内容のコラムを書くなど、別の部分では恐ろしく未熟だったりして、俯瞰で見れば人間は皆たいしたことはない、ということだと思いますね」
今日の話を聴いてくれている相手は、相当な高齢であろう女性だ。
どことなくだが義理の母、つまり夫にとっての自分の母親に、似ている感じがしないでもない。
その義理の母は五年くらい前に亡くなった。不安定な息子の状況を果たしてどう思っていたのだろうか? 私には謝ったけれど、夫に叱ったりなどしているところは見たことがなかった。一方で、夫をかばったり、すぐに褒めるといった、明らかに甘いと感じる振る舞いも覚えがない。ただただ普通の、良く言えば子どもの自主性を重んじる、悪く言えば放任で無責任な、母親という態度だった。
口にしたことはないが、夫はずっと私よりも母親のほうが好きだったんじゃないだろうか。
ふん。まあ、男ってのはみんなマザコンだとも言うしな。
あー、やだやだ。気持ち悪い。
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