田中伊知子⑤

「遊園地にジェットコースターというものがありますね。あれがわかりやすいと思うのですが、とにかく怖いとしか感じない人と、まったく平気、それどころかむしろ楽しいと感じる人の、ほぼ二手に分かれますよね。そして後者の平気な人たちは怖く感じる人々を臆病だと笑うかもしれない。しかしですよ、平気な人たちは元は怖かったものを努力してそうなったのかというと、ほとんどの場合そんなことはなく昔からずっと平気で、運が良かったという状態なのに、怖い人たちを見下すのはおかしな話でしょう。そのように、人間は一人ひとり違うもので、皆それを知っているはずなのに、いざとなると自分を基準に考えて、己がたいした苦もなくこなせることをできない他人を、甘えているなどとたやすく糾弾したりするんですよね。そのくせ、自身の駄目な部分は他者に大目に見てもらいたいと願う。結局、自分にも至らないところはあるのだということを自覚して、できるだけ他人の欠点を受け入れ、どうすれば物事が良くなるかや解決できるかを考えるのが一番だと思うんですよ」

 何を偉そうに、今日は人間について語っちゃってさ。

 そんな話の聞き役になってくれているのは、夫と同じくらいの年齢に見える、定年が遠くなさそうな五十代の半ばから後半のサラリーマンといった感じの男性だ。すごく穏やかそうだけれど、それは性格だけの問題じゃなく、堅実に働いてきたことで先の人生に余裕がある点も関係している気がする。

 それに比べて、うちは、私の老後は、どうなるんだろう?

 バカ夫。あんたのせいで、不安がいっぱいだよ。

 はーあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る