練武④

「もう、いいよ」

 自宅で、徳次は滞在している清華の話を聞かずに離れていこうとした。

「お願い、今回で終わりにするから。せっかく友達に訊いたり、時間をかけて調べたんだよ。ね?」

「あなた、聞くだけでも」

 利子が清華を後押しした。

 真剣な清華の眼差しに、徳次は根負けしたように居間の座布団の上に腰を下ろした。

「すみませんでした」

 そう言って頭を下げた清華に、その場にいた練武という名の男性が微笑んで返した。

「大丈夫ですよ」

 続けて彼は目の前の徳次に話しかけた。

「それでは改めて説明をさせていただきます」

 練武は、清華が前回連れてきた男性より若干年上の三十代前半といったところで、前と人の善さは同程度な印象、ともにネットショップを運営しており、徳次には変わり映えがせず、同じことのくり返しになるイメージしかわかなかったのである。

「例えば、お客さまが気に入られた家具の価格が五万円であるのに、三万円しかお支払いの余裕がない場合、残りの二万円分を、全額でなく一部でも良いので、代わりにお金を出して構わない方を募るということを弊社では行っているのです。端的に申し上げれば、寄付を求めるわけですね」

「クラウドファンディングのような仕組みということですか?」

「はい。おっしゃる通りです」

「あら、おじいちゃん。そんな言葉、よく知ってるね」

 清華が感心した様子で言った。

「新聞やニュースで目にするからな」

 徳次はそう答えると、練武に尋ねた。

「しかし、そんなに簡単にお金が集まるものでもないんじゃないですかな? 目標金額に達しないのが増えているという記事も読んだ覚えがありますし。まして、赤の他人の単なる買い物の支払いを、一部だろうと肩代わりするなんて」

「おっしゃる通り、目標金額に到達するとは限りません。ただ、ネット上で募って待っているだけでなく、お金を出していただける努力や工夫もしているのです。そもそもこうしたことを行うに至ったのは、究極のエコカーと言われる燃料電池車というものがございますけれども、価格が相当に高く、それというのは部品に希少な物が使われているからでして、通常大量生産できるようになることで値段は下がるものですが、なかなかそうならない。環境のことを考えて、自家用車を燃料電池車にしたいけれど、高価で買えない方がいる一方、売る側が価格を下げたくても限界があるわけで、買い手と売り手の気持ちは合致していますので、金額の問題のみなんですよね。しかしそこに、普段車に乗らなかったり、双方にまったく関係はないながら、環境問題はなんとかしたいと思っていて、一人ですべてとはいかないまでも、販売価格と購入したい方がお支払い可能なお金の差額分を出してもいいよという人がきっといるだろう、というところからなのでして、他の商品でも、売る側と買う側のどちらも過度に得をしようとしていなくても、同じような理由で購入に至らないケースはいくつもあるはずだと考えて、このやり方を始めたのです。特に近年、子どもの貧困が問題になっておりますけれども、今や大概のものは百円ショップで手に入れられる半面、それらばかりではかわいそうだと感じる人は多く、お金を出してくださる方はかなりおられます」

 そこで彼は呼吸を整えて、話を続けた。

「また、申し上げましたようにただ募るばかりでなく、お金を出していただけそうな経済的に余裕のある方々にアプローチするということを行っております。お金はあるけれどぜいたくなどそれほどしたくはないし、使い道が見つからなくて困っているような裕福な方はけっこういらっしゃるのですね。そして、問題なく商品の支払いができるにもかかわらず、このサービスでどなたかに資金を出していただくことがないように、どの品物の購入にいくらほど必要で、その不足分の出費が困難な理由を説明してもらい、それが虚偽でないか確認させていただくようにし、自分が寄付するお金がきちんと役に立つ実感が得られやすい点も、クラウドファンディングが元々そうですが、より一層お金を出していただく意欲の向上につながると考えたのです。そういったわけで、おそらく想像なされている以上にお金は集まると思います」

「だって」

 今度は清華がしゃべり始めた。

「燃料電池車の話があったけど、練武さんは別に自動車に関係する仕事をしてたんじゃなかったんだよ。それにね、駅での視覚障害者のホームからの転落事故の防止に、ホームドアの設置が有効なんだけど、費用が相当かかるためになかなか進まないという問題に対して、同じように一般の人たちから寄付を募ったうえで、その駅にホームドアを設置できるまであといくらあればいいかを大きく表示すれば、これもお金を出す意欲を高めて資金が集まりやすいんじゃないかって考えた練武さんは、各鉄道会社に提案して、アイデアを聞き入れて実行したことで早期の設置が実現した駅がたくさんあるの。それで、おじいちゃんの話は、どう?」

「うーん。そう言われても、まだ赤の他人が買いたいものの支払いに協力するなんて人間がそんなにいることが信じられないが……。もし本当なら、前のよりは悪くないかもな」

「ほんと?」

「よくご検討のうえ、判断なさってください」

 練武は落ち着いた態度で笑みを浮かべたのだった。


「ありがとう、清華」

 普段あまり笑わない徳次が、柔らかい表情で言った。それを見て、清華は本当に満足しているのだとわかった。

 売れた数も入ってくるお金も前回のところよりかなり減った。だが、以前口にしていた通り、庶民と言える人たちの多くに自らの家具を使ってもらえるようになったことが嬉しいという。

「しかし、あの練武さんが言ってた通りに、まったくの他人が買いたいものの資金を出してくれる人なんているんだな。それも太っ腹に大金を提供してくれるのもいるようだし、金持ちのなかにも気持ちのいい人間はいるもんだ。冥途の土産にそれを知れたこともよかったよ」

「なーに言ってんの。死ぬのはまだまだ、半世紀くらい先の話でしょ。それに、恩返しにいっぱい稼いで、お小遣いちょうだいね。前のと今度の二回分、見つけるの大変だったんだから、安くないよー」

「だから当分死ねないってわけか。まいったな」

 徳次はポリポリとほおをかいた。

「でも、本当にありがとよ」

「どういたしまして!」

 清華は全開の笑顔で答えたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る