練武②

「清華、ありがとね。本当に、いつ以来かしらってほどたくさん売れて。今度お小遣いあげるからね」

 清華がかけた電話に出た、徳次の妻の利子が言った。利子は優しくて控えめな振る舞いの女性である。

「やだ、おばあちゃん。小っちゃい子どもじゃないんだから、そんなのいいよ。それで、おじいちゃんは?」

「ああ、今日はもう寝ちゃった。久しぶりに忙しくなったから、ちょっと疲れちゃったみたい」

「大丈夫? かえって悪かったかな?」

「とんでもない。お金よりも仕事を頑張れるのが嬉しいんだから、感謝してもしきれないくらいだよ」

「そう、よかった。だけど、体には気をつけるように言っといてね」

「わかった」

「じゃあ、近いうちまたそっちに行くと思うし、バイバイ」

「うん。じゃあね」

 通話を終えた清華は、ガッツポーズをした。

「よっしゃ」

 そして今度こそ笑顔が見られるであろう徳次と次に会うときを心待ちにした。


「え?」

 青天の霹靂という感じだった。

 母親からその話を聞いた清華は居ても立ってもいられず、すぐさま祖父母に家へ向かった。

「おじいちゃん! あそこで売るのをやめたってどういうことなの?」

 玄関のドアを勢いよく開けて靴を脱ぎながら、まだ徳次の姿を見てもいないのに、清華は声を発した。

「清華、ごめんね。少し忙しくなり過ぎて、大変だったものだから」

 奥からやってきた利子が申し訳なさそうに答えた。

「そっか……」

 その利子を目にして、清華は一気に冷静になった。

「こっちこそごめん。あそこは本当に有名な会社だったから、もうちょっとマイナーなところにすれば良かったのかな」

「違うんだ、清華」

「おじいちゃん」

「あなた」

 徳次が二人のもとに歩いてきた。

「迷ったが正直に言うとな、値段が高くなり過ぎて、あれじゃあ金持ちしか買えないだろう。確かに売れているようだし、相当なカネが入ることになるはずだが、それでも嫌なんだよ。金持ちってのは偉そうで気に食わねえ輩が多いし、俺は昔の誰も彼もが貧しいなか隣近所で助け合う環境で成長してきた世代だから、庶民と呼ばれる普通の人たちに買って使ってもらいたいんだ。だから、やっぱりもっと安くしてほしいって相談したら、それは困るって言うもんでな。そんで、勝手にで悪かったけど、あそこで売るのはやめることにしたんだ」

「……そうだったんだ」

「ごめんね、清華。わがままなおじいちゃんで」

 利子が再びすまなそうにそう口にした。

「いいよ、おばあちゃん。だって、おじいちゃんを喜ばせたくてやったことなんだもん。そのおじいちゃんが嫌々続ける必要なんてないんだから」

「しかし、ほんとに悪かった」

 徳次も神妙な面持ちで謝った。

「大丈夫だって。おじいちゃんらしくないじゃん。いつも通り堂々としててよ」

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