練武①
清華は、祖父のためにできることはないかを、自宅の自分の部屋で、パソコンで調べている。
大学生である彼女の、祖父の徳次は家具職人だ。最近の家具は外国製の安価なものが主流で、丹精込めて作っても売れないし、もう仕事をリタイアしようか考えているようだと耳にした。
いや、作った家具があまり買ってもらえないのは、おそらくけっこう前からなのだ。本人の基準で堪え難いレベルにまで至ってしまったということなのかもしれないが、年齢による意欲の衰えが大きい可能性もある。世代的にも仕事一筋な人だったし、周囲の人間は皆、元気で長生きしてほしいので、もう少し働いたほうがいいと思っている。それで、彼女は徳次が仕事を続ける気になれる何か良い方法はないか、ネットで探し回っているというわけだ。
「ん?」
清華は画面を凝視した。
「へー」
そうつぶやくと、彼女は笑顔になった。
「冗談じゃないのか?」
徳次は、かなり離れているけれども同じ市内に住んでいて、今家を訪れている、孫娘の清華に言った。
「本当だって」
清華がそう返すと、チャイムが鳴った。
「あ、はーい」
清華は嬉しそうに玄関へ向かった。
「素晴らしい。これは売れますよー」
二十代の後半くらいとみられる、メガネをかけた人の善さそうな男性が、徳次が作ったタンスなど家具数点を評してしゃべった。
「それも相当な高値で。間違いありません」
「年寄りだと思って、からかってるんじゃないのか? じゃなきゃ詐欺とか」
怒りまではしないものの、ずっと懐疑的な表情の徳次はそう口にした。
「失礼なこと言わないの。説明したでしょ、最近特に人気がすごい、有名なちゃんとした会社の方だって」
清華がフォローすると、男性はにこやかな顔で説明を始めた。
「近年、外国製の安価な家具が主流になる一方で、日本の職人さんによるキメが細かくて質の良い製品も見直されつつあったんです。その機運に加えて私どもが気がついたのは、外国製の安い商品に対抗するために少しでも価格を下げようと努力していたのが誤りでして、むしろ高い価格のほうが売れるという点なんです。富裕層からすると、それだけの値段なのだから品質は良いのに間違いないという安心感、またそれ以上に、ステータスの意味合いがあるのです。高級ブランドのバッグなどと一緒ですね。そして、弊社を筆頭とした高価格戦略の結果、今まさに経済的に余裕のある人たちの間ではブームと言えるくらいまで需要が高まってきているんですよ。さすがに日本製なら何でも売れるとまではなりませんが、品質がこのレベルだとこれくらい購入を希望する方がいるといったデータもございますし、そうした判断のもと、必ず売れると申し上げたのです」
「よかったね、おじいちゃん。こんな絶好のタイミングで仕事を辞めちゃってたら、大損もいいところだったよ」
「弊社はネットショップなので店舗はないのですけれども、ぜひお客さまに直接ご覧になっていただきたいと考えまして、各地にショールームをつくったのです。それほど、売れるのは確実ということですね」
男性はさらに表情を崩して、満面の笑みになった。
「ほんとによかったじゃん。値段を上げるだけで売れるんだから万々歳でしょ。感謝してよね」
「俺のためにここまでしてくれたことはちゃんと感謝してるよ。でも、実際に売れるかはまだわからんけどな」
徳次はそう言い、一度も笑顔にはならなかった。
しかし清華は、少し経って結果を目の当たりにすればきっと喜んでくれるはずと安心していた。
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