小椋⑤
佳枝に向かって、小椋が言った。
「このお店のメニューはどれも健康に良いと思うので、糖尿病の人が毎日来て食べても大丈夫なことを売りにする。そのために糖分やカロリーなどを表示するようにもする」
小椋は佳枝の顔を見た。
「という提案ですが、いかがでしょうか?」
「ふうん……」
少しの間の後、佳枝は言葉を発した。
「いいんじゃない。採用しようかね」
「え?」
小椋以上に、離れた席で見ていた史明が大きな声を漏らした。OKが、しかもこんなにあっさり出るなんて、まったく予想していなかった。
「やったー!」
「そこまで喜ぶなんて。史明のアイデアだったんだね?」
佳枝は史明に話しかけた。
「……そうですけど。あれ? バレてたんですか?」
「だって、今日ずっとソワソワ変な様子でさ。そりゃわかるよ」
「何だ。だから採用してくれたんですか?」
「いや、それは違う。店のやり方は私が決める。あんたに気を遣ったりはしない。純粋に良いと思ったからだよ。確かにうちのメニューは健康を一番に考えていて、それっていうのは、きょうだいのように仲が良かった年上の男のいとこがまさに糖尿病で、大変な思いをしているのを長いこと見てたからなんだ。店を始めたのも世の中の同じような体の人たちのためみたいなもんだけど、あんた、それを調べたのかい?」
「いやいや、知りませんでした。完全な偶然です」
「そうかい。それにしても痛いところをつかれちゃったって感じだね。違う提案だったら、おそらくいつも通り却下してたよ」
「本当ですか? よかったー。これで客が増えれば、俺までふところが潤うってことですもんね。一石二鳥だ」
「そっか。じゃあ、しゃくに障るから、やっぱりやめようかね」
佳枝は冗談口調で言った。
「そりゃないですよ。お願いですからやってください。味は元々いいんですし、健康志向が強い人たちにアピールして、一度食べてもらえさえすれば、間違いなく繁盛しますよ」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃないの」
「小椋さん。いろいろとお世話になって、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそお礼を言いたいです。ビジネスとしてまだ結果は出ていませんけれども、仕事の目的はお金ばかりではありませんし、お二人のご満足の役に立てたのであれば、私もすごくハッピーです」
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