小椋④

 それから最初の休みの日だった土曜日に、史明は外を歩きながらずっと考えた。

 すぐに思いつくのは、老朽化で人を寄せつけなくしている店の、内装もだが特に外観を綺麗に、さらにできるならおしゃれにすることだ。そうすれば、どれくらいかはともかく、客は確実に増えるだろう。しかし、改修の費用は安くはないであろうし、そんな手持ちがあるのかも、用意はできても金額に見合うほどの成果を得られるかも、わからない。だいいち、その程度のアイデアはすでに誰かが申し込んで、佳枝は断ったに違いない。

 メニューに派手さはないけれど、食べれば味は間違いなくいいんで、客が入りたいと思うちょっとした工夫さえできたらいいんだよな——史明は頭をひねった。

 そうだ。「この店といえばこれ」というシンボル的な商品をつくって、それを世間にアピールすればいいんじゃないか?

 でも、どれをその売りのメニューにするのがいいんだ?

 うーん……。

 そういや小椋さんが初めの来店時に「自分のことになると気づけなくなる」って趣旨の発言をしていたように、俺もみやけ食堂が身近になり過ぎて、何が良いとかどこが悪いとかの客観的な判断ができなくなってる感じがする。

 じゃあ——。

 彼は携帯を取りだし、どこかに電話をかけた。

「もしもし」

「おう。どうしたんだよ、電話をかけてくるなんて珍しい」

 そう返事をしたのは、近頃会ったり電話したりはほとんどないが、メッセージはちょくちょく送り合う、大学時代の友人の仁科という男である。

「別にたいしたことじゃないんだけど、ちょっと訊きたいことがあってさ。今、話しても大丈夫か?」

「ああ。いいけど、何だよ?」

「お前、昔、俺が住んでた近くにあったみやけ食堂でメシを食ったこと、何回かあったよな?」

「え? あー、あの年季が入った店だろ?」

「そう。あそこのメニューで、何が一番うまいと思う?」

「ええ? うーん……。大学卒業以来行ってないから、何があったのかはっきり覚えてないし、たしか、どれも普通にまあまあうまかったって印象だけど」

「……やっぱりそうか。ありがとう、じゃあな」

「なに、それだけかよ?」

「ああ、悪かった。また今度、連絡すっからさ」

「わかった。じゃあな」

「おう」

 あー、駄目か。

 史明は改めて街なか、特に飲食店やスーパーの店内など料理に関係する場所を、ブラブラ見て回りながら、良いアイデアはないか考え続けた。

 だいたいどこのスーパーも、店内で作ったりした揚げ物のコーナーがあるよな。人気があるからだろうし、おいしそうではあるけれど、何店舗も目にすると胃がもたれてくる感じがする。

 そういえば、みやけ食堂には揚げ物が少ない。それは佳枝さんが客の健康を気遣ってという気がする。

 史明が学生時代にお金がなくて腹をすかせているとき、料金はまけてくれても、ご飯を大盛りにしてくれたりはしなかったことに、彼は今気がついた。

 そして、だからこそ、味は申し分ないし、値段は高くないし、大学が近辺にあるにもかかわらず、たくさん食べられさえすればいい者も多いであろう若い客が少ないことも。

「だったら……」


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