小椋③

 佳枝は小椋が持ってくる客を増やすための提案を断り続けた。史明にうるさく言われるのが嫌だからとちゃんと目を通しはするものの、初めに宣言したようにどんな内容でも取り入れる気がそもそもないのだ。

 それでもアイデアが入ってくるたびに嫌な顔一つせず足を運ぶ小椋に対し、史明は別の飲食店での食事に誘い、頭を下げた。

「すみません、俺のせいでご迷惑をかけてしまって。小椋さん、経営者でお忙しいでしょうに」

「いいえ、大丈夫。私はなんとも思ってないし、むしろあなたがあのときいてくれて助かったよ」

「本当ですか? 佳枝さん、あんなだから、アイデアが来てもそんなにすぐ店に報告しにきていただかなくていいですよ。って、俺がまたそういうこと言うのは部外者なのに余計な口出しでしょうけど、でもほんとに」

「いいのよ、私が好きで行ってるだけなんだから。佳枝さん素敵な方で、顔を見るだけで元気になれるしね」

「ならいいですが。とはいえ、せっかく良い提案なのにっていうのまで拒んじゃってるんじゃないですか? 採用してくれないと、そちらは一円にもならないのに」

「まあ、確かにやっていいんじゃないかと私が個人的に思うものもいくつかあったけれど」

「やっぱり。本当に勢いで俺、失礼なことをしちゃいましたね」

「……じゃあ、そんなに言ってくれるなら、今思いついたんだけど、あなた自身が何かアイデアを出してくれない? 佳枝さん、あなたの提案なら採用してくれる可能性はあるんじゃないかしら?」

「……そうですかね?」

 史明は眉間にしわを寄せた。

「あの人、ある程度は俺に心を許してくれてると思いますけど、だから逆に簡単に却下される気もする。うーん……。でも、そうか。別に俺が考えたからっていうんじゃなくて、店のことをよく知ってる立場として本気で取り入れたくなる良いアイデアを提示して、佳枝さんの気持ちを変えればいいんだ。うん。わかりました。難しいと思いますが、できる限りやってみます」

「そう。ありがとう。応援するから頑張ってね」

「はい!」

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