初恋よ、サヨウナラ

タヌキング

旅立つ君に、そっとエールを送ろう

「うぅぅ。」


僕の名前は赤羽 礼(あかばね れい)。僕は高校の屋上のフェンスにもたれ掛かり、惨めに泣いていた。クラスのみんなが僕を無視する理由は分かるけど、それでも辛くて泣けてくる。


「赤羽君、こんな所に居たんだ。」


まただ、また高島さんが僕のことを気にかけて探しに来てくれた。

屈託のない彼女の笑顔は僕の心の支えだった。





深夜、とある廃墟となった高校の校門の前に、黒いスーツの男が立っていた。

男の名前は赤羽 礼。無精ひげを生やし、肌の褐色の悪い不健康そうな、歳は40手前の中年の男であった。

今日、男は母校を訪れた。とはいえ20年前に廃校となった高校である。赤羽が卒業した後、割とすぐに廃校となったわけだが、この男は別に母校が廃校になっていようが別に感慨深くなることはなかった。

始まりがあるものには終わりがある。それは自然の摂理であり、赤羽にも分かっていることである。

なにより今日、赤羽は自分の初恋に終わりを告げる為にここに来たのである。


『大人になったら、またこの高校で会おうね♪』


思い出の中の初恋の人、高島 美鈴(たかしま みれい)は屈託のない顔で笑う。赤羽はその笑顔が好きだった。ゆえに恋に落ちた。

美鈴は美人だったし、スタイルも良くて、何でもそつなくこなし、歌も上手で、色んな男子からモテていた。

そんな高島さんと自分とでは月とスッポンだと赤羽は知っていたが、それでもクラスから無視される自分のことを彼女は気にかけてくれて、そのことが赤羽にとって救いであった。


対入り禁止の看板を一瞥して、校門をくぐり、高校の中に入って行く。

山奥に作られた高校は夜見ると不気味であり、とても行きたいような場所では無いが、赤羽は気にした様子もなく、明かりの付いた懐中電灯片手に歩いて行く。

割れたガラス、崩れ落ちたコンクリート等が廊下に散乱しており、こんな場所に人など居るのかと言いたくなるが、赤羽は高島さんがここに居ることを信じて疑わない。

階段に差し掛かり、赤羽は登るかどうか一瞬迷った。もしかしたら自分との思い出の屋上で彼女が待っていてくれるかもしれないと、希望的観測をしてしまったのである。


「フッ、そんなわけあるか。」


自分の甘い考えを鼻で笑い、赤羽は再び一階の自分達が学んだ教室を目指して歩き始めた。

3-A組、そう書かれたプラカードが、扉の上にまだ残っており、赤羽はここが自分の学んだ教室だと分かった。

躊躇もなく赤羽はスライド式の扉を開けた。建付けが悪くなっており開ける時に抵抗があったが、力でガラガラと無理矢理に開けてしまった。

教室の中に入ると机や椅子が無造作に置かれているばかりで、彼女の姿は無かった。

一体何処に居るのだろうか?

赤羽は姿が見えないのに彼女が居ないとは思わなかった。きっと何処かに隠れている。姿は見えずとも気配がするのである。


「ア・・・・アアア。」


やはり後ろか。

赤羽が後ろを振り向くと、そこにはセーラー服を着て、オサゲ髪の想い出と何ら変わらない格好の彼女が立っていた。

変わっているとすれば、肌がこの世の物とは思えない程に赤黒く、眉間にシワを寄せて白目で赤羽のことを睨んでいることぐらいであろうか。


「久しぶりの再会だね。笑ってくれよ高島さん。俺だよ赤羽だよ。」


「ウガァァアアアアアアアア‼」


赤羽に飛び掛かって来る高島さん。赤羽は後ろに飛んでそれを避けるが、彼女の鋭い爪が胸の所を掠め、スーツのワイシャツを切り裂いて、胸に少し傷を負った。

この商売をしていると傷や怪我はつきものだが、それでも初恋の人に傷付けられたことが赤羽にとっては結構くるものがあった。


「高島さん。赤羽 礼だよ。君は美鈴と礼で私達の名前似てるねって言ってくれたじゃないか。」


「ガァアアアアアア‼」


話をしたかった赤羽だったが、当の高島さんには記憶など残っておらず、この世に対する恨みだけが彼女の悪霊としての原動力だった。

再び飛び掛かって来ようとする高島さんを見て、赤羽は切ない気持ちになった。

出来れば話し合いで解決したかったのだが、こうなってしまうと武力行使をしないといけない。

赤羽は仕方なく、手に持っていた懐中電灯を手放して戦闘体制をとる。

飛び掛かる高島さん。今度は赤羽は逃げることはせず、飛んで来る彼女の首を素早く右手で掴んで、そのまま上に持ち上げた。


「ア・・・アァ?」


高島さんは戸惑った。今までここに来た人間で自分に抵抗で来た人間は居なかったからである。

赤羽にとって高島さんは初恋の人だが、退魔師の赤羽にとって目の前の悪霊は低級のありふれた相手に過ぎなかった。

ジタバタと高島さんは抵抗し始めるが、赤羽は手放すことはなく、そのまま右手に力を入れてミシミシと彼女の首を軋ませていく。

このまま首をへし折ってしまえば強制成仏で仕事しては完了だが、どうしても赤羽にはそれが出来なかった。

赤羽は高島さんを地面に降ろし、そのまま今度は優しく彼女の抱き締めた。

高島さんは、また戸惑った。今までここに来た人間で自分を抱き締めた人間は居なかったからである。


「ごねんね、早く来れなくて・・・ごめんね。」


高島さんの耳元でそう語りかけながら、赤羽は泣きながら自分の両腕に一気に力を入れる。


“バキバキバキ‼”


高島さんの体が砕ける音がする。それと同時に窓の外から光が高島さんに向かって差し込んできた。


「強制成仏完了。」


そう言いながら高島さんを放す赤羽。するとそこにはあの頃の高島さんが笑いながら立っており、こんなことを赤羽に言うのである。


「ありがとう、ごめんなさい、さようなら。」


それだけ言うと高島さんは、その場から綺麗サッパリ消えてしまった。

あまりにあっさりとした別れに、暫く呆然と立ち尽くした赤羽だったが彼女の『ありがとう、ごめんなさい、さようなら』がずっと頭の中に鳴り響いていた。



高島 美鈴は15年前に首吊り自殺していた。

そのことを赤羽が知ったのはごく最近のことであり、依頼主から渡された資料を見ながら放心状態になった。

売れない歌手として頑張っていた美鈴だったが、芸能業界の悪い男達に新曲のプロモーションの撮影と騙され、人気の無い所で乱暴されて、その映像が世に出回ってしまったのである。その人気の無い場所というのが、偶然にもこの廃校となった場所、オマケに赤羽と美鈴が学んだ3-Aの教室であったというのだから神の悪戯であったとしても、やり過ぎである。

美鈴は自分の学んだ、そして犯された3-Aの教室で首を吊り自殺。このまま悲劇めいた話で終われば、赤羽は彼女が自殺したことすら知らなかっただろうが、そこからが赤羽の仕事の案件であった。

まず美鈴を犯した男達は全員が奇怪な死を遂げる。そして次に肝試しで高校に乗り込んできた若者たちが次々に変死体で見つかる。被害者の数は十数人にも上った。

そうして赤羽に仕事がやって来たというワケである。めぐり会わせというものが、何とも皮肉な形で来たものだ。





「翼を広げて~♪」


屋上での美鈴のリサイタル。彼女の綺麗な歌声を聞いていると赤羽の心は安らいだ。


「ねぇ?どうだった?」


「上手だった。でも古い曲歌うんだね。」


「うん、私ちょっと古い曲が好きなの。変わってるよね?」


「そ、そんなことないよ。」


赤羽は美鈴に嫌われないのに必死だった。まぁ美鈴は優しい性格なのでそんなに身構えなくても良かったのだが。


「私ね、歌手になりたいの。」


「高島さんならなれるよ。」


「うふふ、ありがとう、そう言ってくれて、とても嬉しいわ。」


赤羽は歌手について詳しくなかったが、美鈴なら本当になれると信じて疑わなかった。


「ねぇ高島さん。幽霊が見える僕なんかと一緒に居て怖くないの?」


「えっ、なんで?幽霊見えるなんてカッコいいじゃん。私は赤羽君と友達になれて嬉しいよ。」


「と、友達?」


いつ友達になったのか?それが赤羽には分からなかった。


「えっ、友達じゃん。まさか友達と思ってなかったの?」


「い、いや、あの、その。」


ぷくーっと顔を膨らませる美鈴。そんな彼女も可愛くて赤羽はときめいてしまった。


「あはは♪冗談冗談♪でも友達だからね私達。それは忘れないでね。」


「う、うん。」


いつか友達以上になれたらなぁ。なんて想いを胸にしまい込んだ赤羽は、結局彼女に想いを遂げることなく卒業してしまった。





高島を成仏させた帰りの車の車中。赤羽は歌を口ずさんでいた。彼女がよく歌っていたDEENの『翼を広げて』である。


「翼を広げて・・・旅立つ君に・・・そっとエールを送ろう」


高校時代の彼女の笑顔ばかり思い出されて、再び涙が込み上げてくる赤羽。中年の泣き面なんか見れたもんじゃないと、自分でも分かっているが今日は涙が止まらなかった。


「誰の為じゃ無く・・・ただ君の為・・・愛してたよー。」


好きだった彼女はもう居ない。だがそれゆえに想い出の彼女が鮮明になってきて、それが赤羽にとって辛かった。

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