6 幽霊電車、走る

 困った。非常に、困った。

 こういう時、なに話せばいいんだろう。

 真っ暗闇の東京の地下で、私は燐光を放っているしぐれをぼーっと見つめていた。

「あの、しぐれ」

 そういえば、実家でのゴタゴタから今日まで、有無を言わさずこのギャルを連れ回しているけど、きちんと意思決定を聞いてきたわけではないことに思い至る。

「なに? うらら」

 その割には私にぴったりとくっついてきているが、それは私がしぐれの肉体を奪い去っていった妖怪たちを回収する役目を押しつけられているからにすぎない、のかもしれない。

「そういえばしぐれ自身のことをちゃんと聞いてないな……と思って」

「まあ、そやね。暇つぶしにもならんかもしれやんし、おもろくないかもしれやんけど、ウチは――」

 そこで地響きが始まり、私たちは顔を見合わせる。

 今回のターゲットが、近い。


 筋肉痛で泣きそうになりながら、朝に伊勢屋秋葉原店に集合した私たちは、夢から今回のターゲットに関連していそうな情報の共有を受けた。

「幽霊電車……って、江戸時代に電車はないからこれは違うか」

 私が気になったのは、都内の地下鉄で乗客のいない電車が走っている、という噂話だった。誰も乗っていない、駅に止まらない、電気も点いていない。そんな電車が地下鉄で目撃されている。怪談っぽいけれど、亜流途戸路仁は正確にはわからないが、江戸時代の作とされている。当時、地下鉄、ないし。

「いや、それが案外そうでもないんだよね。狸や狐が汽車に化けて悪さをするっていう話は明治時代にはもう採集されてる。で、狸や狐自体は江戸時代に普通にいたでしょ? 狸や狐のような化ける能力を持った妖怪が解き放たれた結果、ここで電車に化けていてもおかしくはないってわけ」

 一番報告の多かった幽霊電車をターゲットに設定し、私たちは秋葉原駅に向かった。

 夢がどこかに電話して二、三お願いをした結果、地下鉄駅のバックヤードに入れることになった。さすがの伊勢屋もそこまでの権力は持っていない。ということは妖怪優生思想の権限なのか。妖怪優生思想ってなんなんだよ――と何度目かの疑問を抱きながら、電車の通らない地下空間を歩いていく。

 今さら気づいたが、しぐれは暗いところで淡く光る。夜光塗料よりは強いが、照明には心許ない。なのでみずきはスマホのライト、私と夢は持ち込んだ懐中電灯で歩く先を照らしている。足下には線路が引かれているが、ここを普段電車が走ることはないらしい。工事用の連絡線なのか、はたまた国家機密レベルの秘密路線なのか。聞くのが怖いので聞かないでおく。

 などと考えていると、空気と地面の震動が伝わってくる。

「電車!?」

 みずきがはっと線路の横に身を寄せる。幸い線路横には身体を隠せるだけのスペースが存在しており、冷静に対処すれば轢き殺される心配はない。

「この時間にここを電車が通らないことは確認ずみ! 幽霊電車の可能性が高いよ!」

 そう声を張り上げてみずきの隣に入り込む夢。私は線路の真ん中に突っ立って電車がやってくるほうへと睨みを利かせているしぐれを見て、慌てて腕を引っ張るとみずきと夢の反対側のスペースに身を潜める。

「ちょっ、なにするん!?」

「いくら幽霊だからって電車と真っ正面からぶつかるのは危ないでしょ!」

「触ったら回収できるんやから、大丈夫やって!」

「回収できるのは亜流途戸路仁を開いてからだって! まずは相手の正体を見極めてから!」

 線路が音を上げ始める。私に引っ張られてやっとこさ線路横の空間に収まったしぐれは、不満げな顔で私を睨んでいた。スペースの都合で密着せざるを得ず、顔が近い。

 目の前を猛スピードで電車が通り過ぎていく。目を凝らして、耳だとか尻尾だとかで出ていないかを確認する。

 がたんごとん、と地面が揺れている中、しぐれが手を線路のほうへ伸ばす。はっとして引き戻そうとするが、しぐれの手が電車に触れるほうが早かった。しぐれの身体が一瞬ふわりと浮くと、一気に電車に引っ張られて吹っ飛んでいく。しぐれの身体を抱き止めようとした私も、一緒に。

 電車に引っかけるかたちでぶっ飛んでいった私たちは、何十秒かあとに振り落とされた。というのも私まで一緒についてきていることに気づいたしぐれが軽くパニックを起こし、私の身体を全身で包み込んで電車から手を離し、私への衝撃をなくすように電車から飛び降りたからだ。幽霊らしくしばらく空中でふわふわと漂ってから、自分の身体を下にして着地。おかげでかすり傷ひとつ負わずにすんだが、けっこうな距離を移動したことになる。みずきと夢は私たちが忽然と消えて今ごろ大混乱だろう。

 しかも足下を照らすと、線路がない。線路伝いに歩いてきた私たちにとって、これは完全に迷子一直線だった。幽霊電車だけあって線路の有無も関係ないらしい。

 もはやどこかもわからない地下空間に放り出された私としぐれは、下手に動くよりはこの場所で救援を待つことにした。本当を言えば線路を探しに向かいたかったが、もし現役の地下鉄の線路に出てしまった場合、大変なことになりかねない。だから使われていない線路を歩いてくるライトを持ったみずきと夢を頼り、ライトを見逃さないように視野を広げておく。

 長い沈黙が続き、私がやっとしぐれに話しかけたところで、再び振動が感じられた。みずきたちが来るより早く、幽霊電車のほうがやってきたらしかった。

「とにかく、正面衝突はなしね」

 私たちは作戦の最終確認を行う。作戦といっても、幽霊電車をどうにか止めて、亜流途戸路仁に回収する、どうやるかといえば、とにかくがんばる――というどうしようもない根性論だった。その中でしぐれが無茶をしないよう、私が何ヶ所か釘を刺しておく。

「うらら、なんか道具とか持っとらん?」

 もうあまり時間はないが、私はリュックサックの中を物色し、ロープを取り出した。

「じゃあこっち持っとって。ウチがこっち持って反対側おるから、電車が来たらすぐ離すんやに」

 ロープで幽霊電車を引っかけるというわけか。あれだけの速度が出ている電車に対して行うには危険すぎるが、握ったままにするのではなく、電車の下に潜り込ませるための行為だと考えておく。

 私たちが歩いて――途中からは幽霊電車に引っ張られてきた方角とは反対のほうから振動は近づいてくる。私たちを狙ってUターンしてきたのか。執念深い。

 ライトの光が見える。方向よし。このままいけばロープを踏む。

 警笛が鳴り響く。車輪が止まるけたたましいブレーキ音。幽霊電車はロープの手前で急停車し、運転席から誰かが降りてくる。

「コラーッ! どこのどいつじゃこんな悪戯するのはーッ!」

 運転手と思わしき制服を着た男が怒鳴り声を上げる。

 私としぐれはおずおずと前に進み出て、ふたりそろって頭を下げる。

「いいか、こっちは乗客の何百という命を預かってるんだぞ! こんなことをするだけでそれだけの命が危険にさらされるんだよ!」

 すみませんすみませんと頭を下げ続ける私たちに、さらに運転手は説教を続ける。

 私はロープと一緒に取り出しておいた亜流途戸路仁を静かに開く。開かれたページに描かれた絵を見て、声を張り上げる。

「〈狸〉っ!」

 しぐれの身体が閃光に包まれる。

「むじなフラッシュ!」

「ギャー! 目がぁ!」

 しぐれの放った閃光に目を焼かれ、運転手がうずくまる。

「えっ、なにしたん?」

 光った当人は困惑している。

「昨日捕まえた狸を利用できないかと思って。たぶんだけど捕まえた妖怪の力が、しぐれから出る」

 逆むじな――狸を捕まえる時に使った、ライトによるショートカット。あるいは舞台装置としての灯り。それを再現し、集約し、一気に放つ。

 気づくと運転手の姿は消えていた。残されたのは電車の車両。見た目から古さは感じるが、普段見かける電車と大きな差異はない。

「どうする? 中、検める?」

「いや地面から電車乗るのは大変やろ。このまま捕まえよ」

 うなずき、開いたままの亜流途戸路仁に意識を集中させる。触れていないのにページがめくれていき、止まる。

 しぐれが電車のヘッドライトに手を伸ばし、開かれた亜流途戸路仁の中に向けて背負い投げるように腕を振るう。

 亜流途戸路仁に幽霊電車が吸い込まれていき、絵が復元されていく。


 狐

 貴人を運ぶ駕籠の片棒を狐が担ぐことがあれば、その中身も狐だと思ったほうがよいだろう。晴れているのに雨が降っていれば、なおさらである。


「おーい、うららー! 無事かー?」

 みずきの声が地下で反響する。私はほっと胸を撫で下ろし、懐中電灯の光を振って現在地を伝える。

「しぐれ、話の続きだけど、また今度聞かせてね」

「わかった。またな」

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亜流途戸路仁 女ふたり、妖怪狩り 久佐馬野景 @nokagekusaba

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