7 置いてけ堀、埋まる

「とりあえず、都内はこんなもんかなぁ」

 伊勢屋秋葉原店のバックヤード。集まった私、しぐれ、みずきと夢はタブレットで開いた地図に刺したピンを確認していた。

 紀国坂の狸。(済み)

 地下鉄の狐。(済み)

 本所の置いてけ堀。

 麻布の一つ目小僧。

 深大寺の毒蕎麦。

 多摩市の影取池。

 都内で確認できたのは残り四件。全部で六件と考えると少ないようにも思うが、逃げだした妖怪は全部で九十九体だから、六パーセント弱が東京だけで確保できると考えればそこまで悲観する必要はなさそうだ。

 今日も制服姿の夢は自前らしいタブレットをピンチアウトして現在地周辺の拡大規模に合わせる。

「一番近いのは置いてけ堀か……」

「私も聞いたことはあるよ。本所七不思議、だっけ」

 堀で釣りをしてけっこうな釣果を得られたので帰ろうとすると、どこからともなく「おいてけ、おいてけ……」と声がする。気づくと釣ったはずの魚が消えていたりする――というのが置いてけ堀の内容だ。河童、カワウソ、タヌキ、むじななどが正体候補として名前が挙がるという。

 珍しくみずきの挙げた妖怪の名前に反応できた。それだけメジャーな妖怪だということだろう。

「錦糸堀公園と日大一高の前に置いてけ堀の史跡があるから、狙うならそのあたりかな。さすがに堀自体が残ってるところはないからねぇ」

 夢が説明しながらマップを動かす。

「でも釣りをしないことには置いてけ堀にはならないでしょ。隅田川まで出て釣る?」

「ああ、それなら――」

 清澄通りに面した公園で、私たち四人は割り箸にたこ糸をつけ、たこ糸にスルメを巻き付けた簡易釣り竿を公園の中の池に向かって垂らしていた。

 釣りは釣りでも、ザリガニ釣りだ。

 置いてけ堀の条件を満たすには、ザリガニを釣果として持ち帰らなければならない。アメリカザリガニは条件付特定外来生物に指定されており、個人で飼育することはできるが放出などは禁じられている。そんな代物を持ち帰るのはどうにも気が引けるが、置いてけ堀が無事働いてくれるのなら釣果はなくなる。

 スルメをハサミでつかんだザリガニが次々釣り上げられ、クーラーボックスに溜まっていく。クーラーボックスの底面がザリガニでいっぱいになったのを見て、夢が立ち上がる。

 ザリガニ釣りは道具の小ささから、どうしても窮屈な体勢をとらざるをえない。無心でザリガニを釣り続けた私たちの身体はあちこちが悲鳴を上げていた。身を起こすと立ちくらみで足下がふらつく。すかさずみずきとしぐれが私の身体を支えて大丈夫かと声をかけてくる。

「大丈夫。ありがとう」

「さて。かかるかな」

 実を言うと、しぐれ以外の三人が釣りをしていたことには大した意味はない。亜流途戸路仁の妖怪を捕まえるためには、しぐれそのものを使った釣りが不可欠だ。しぐれがザリガニを釣りながら、同時に置いてけ堀を釣り上げようと試行を繰り返していたことになる。だが四人で協力してある程度の釣果を得られたところまで、しぐれという釣り針に反応はなかった。

 釣果を得てこの場を去ろうとしたことで、フェーズが移動する。つまり「おいてけ」という声がし、クーラーボックスの中のザリガニが消えるというシチュエーションが展開される可能性が生まれる。

 しかし反応はない。しぐれの目が池の中に向き、はっとして割り箸の釣り竿を投擲する。

「痛いサラ」

 しぐれの投げた釣り竿が頭部に直撃したらしい。池の中から姿を現したのは河童だった。錦糸堀公園に建っている像とほぼ同じフォルムで、体表は緑色をしている。

「はよ捕まえよに」

 河童と向き合ったしぐれは池の中に突撃するのも厭わない闘志を見せている。

「待った。相手は河童。場所は水辺。このまま戦えば勝ち目は薄い」

 夢がしぐれを制止する。

「河童くん。ひとつ気になったことがあるんだよね。私たちが釣りをして立ち去ろうとしたというお膳立てをしてなお、君は怪異を起こすことも姿を現すこともしなかった。その理由を教えてほしいな」

「それはそうサラ。だって、ザリガニサラよ?」

 河童は腕を広げて、公園内の池を指し示す。

「アメリカザリガニが大繁殖したせいで、この池はこんなザリ色になってしまっているサラ。そもそもウシガエルの餌として輸入されたアメリカザリガニを盗み取ってなんになるサラか。アメリカザリガニなんて食べたところで泥の味しかしないサラよ」

「残念だよ、河童くん」

「どういう意味サラ」

「ザリガニを食べもせずに決めつけてしまう、その頑迷な味覚がだよ。水怪が聞いて呆れるね」

「なっ、なにを言うサラ! アメリカザリガニなんて食えるわけがないサラ! 食ったとしても、そんなものを口にするのはただの下手物好きだけサラ!」

「いいだろう。明日、またここで会おうじゃないか。本当のアメリカザリガニを食べさせてあげますよ」

 夢はそう告げると、アメリカザリガニでいっぱいのクーラーボックスを持って公園をあとにした。

 私たちは呆然と池の中に潜っていく河童を見送ってから、夢のあとを追った。

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