第4話 食事と死因

「改めて、私はこのクラスの担当を任されてい『レビア・グレスト』だ。本日から本格的に訓練を行う。だがそれまで待機時間がある。しばらくのんびりしているといい」


レビアは軽やかに教室を去った。それと同時に周りがガヤガヤとし始める。


この学校生活は人生、いや青春を取り戻すためのものだ。気持ちは高ぶっていたが、ずっと病室にいたせいか1人の方が落ち着くような気もした。――すると1人の女性が声をかけてきた。


「あなたキサラ君だっけ。今日からよろしくね」


座っていた彼女はニコニコしながら手を差し伸べる。先程、衝撃的な個数の風船を割ったセキハだ。

正直声をかけられるとは思ってもいなかったが、真面目に考えてみると僕が風船を割った数は11個。クラス内で2位だ。隣の席とはいえ話しかけられるのも必然的である。


「こちらこそよろしくお願いします」


彼女が手を差し伸べてきたため、反射的に右手を前に出し握手を交わした。


「そんなかしこまんなくても良いよ。今日から友達なんだからさ」


僕から見たセキハの第一印象は可憐だった。試験の時のかっこよさとはまた違う雰囲気だ。


「聞きたいことがあるんですけど、風船を割るコツとか……あるんですか?」


結局敬語になってしまう僕。


「コツかぁ〜、特に意識はしてないんだけどね。剣に力を込める感じっていうか」


試験の際、レビア先生が言っていた『セキハは魔剣士だがメガネの人は剣士』という言葉の意味が少し理解出来たような気がした。魔力の制御が無意識にできているということなのだろうか。


10分ほどの待機時間が終わり、僕たちのクラスは全員校庭に転移された。


「これから戦闘訓練を行う。2人1組を作り自由に戦ってもらう。最初の試験でも説明した通り学校内での攻撃は通らない。安心して戦うといい。時間は私が終了の合図をする。準備が出来た人から開始するように」


僕と戦うのはあの人しかいないな……。

1人の人間が頭の中に過る。


「キサラ君。お手合わせよろしく」


自分の視覚外からセキハは声をかけてきた。訓練のため勝ち負けは存在しないが決して戦いたいとは思わなかった。しかし――断らざるを得ない状況である。


「は、はい。やりましょう」


僕はやむを得ず承諾した。少し校庭内を移動し、戦いやすい広々とした場所へと向かう。この学校の校庭は尋常じゃない広さだ。さすが王国と言うべきか。僕たちは互いに向き合い対峙する。


「じゃあ。私から行くよ……!」


勢いのあるスピードでセキハは接近し、ジャンプで飛び上がる。スターターセットの効果を上手く利用した攻撃だ。


「クッッッッッ!」


僕は重い攻撃を何とか剣で受け止める。剣と剣がぶつかり、耳の奥に突き刺さるような金属音が鳴る。


「フッッッ!クッッ!ハッッッ!」


セキハの連撃は僕に攻撃する隙を与えてくれなかった。剣で防いでは攻撃され、ようやく隙ができたと思ったら剣で防がれてしまう。今の僕はセキハのサンドバッグである。そもそもセキハの強さ以前に剣の扱いに慣れていなかった。取扱説明書を見ずに組み立てている状態である。


結局この日はセキハの猛攻を永遠と受け止め続けただけだった。その後校庭内をひたすら走る体力訓練を行い、学校生活1日目の訓練は幕を閉じた。


さあ飯だ飯。常人ならぶっ倒れていただろうが、スターターセットのおかげか疲れが抑えられている。というか全く疲れを感じない。セキハの攻撃を1時間くらい受け止め、走り続けたというのにだ。


1対1の訓練が終わった後、半ば強引にセキハと約束させられ食事をすることになった。病院ではいつも1人で食事を取っていた。人と食事をとるなんて何年ぶりだろうか。


「おっ!きたきた」


食堂ではセキハと印象深いメガネの人が隣り合わせで座っていた。


セキハは交友が上手い。いやコミュニケーション能力が卓越していると言うべきなのかもしれない。それに加えて誰とも仲良くなれる性格なのだろう。前世でほとんど病院生活だった僕にはない物だ。


「あの君の名前は……?」


僕はこの人の名前をまだ知らなかった。メガネをかけているのはクラスで1人しかいなかったため顔は脳裏に焼きついている。何故だかずっと質問しているイメージしか湧いてこない。


「タツヤだ。よろしく。お前はキサラ……だったな。こいつから全て聞き出した」


この人が最初の試験で3位だったタツヤだったのだ。セキハはある程度実力がある人にだけ声をかけている。というかやっぱりこのメガネ……いやタツヤは質問厨だ。間違いない。分からないことがあったらなんでも聞いてくるタイプのやつだ。


「……よろしくお願いします」


「クラスメイトなんだし、タメ口でいいだろ」


「最初キサラ君に話しかけた時、私も同じようなこと言ったんだけどね〜」


既にセキハとタツヤは意気投合しているようだった。それにしてもカゴロウの名付けはどうなっているのだろうか。どちらも名前から組み合わせて決めたようには思えない。もはやめんどくさいからという理由で、下の名前をそっくりそのまま取っているだけでは無いだろうか。


僕たち3人は食堂で肉の定食を頼んだ。何の肉なのかはよく分からない。このメニューの名前が『肉の定食』だからである。だかこの肉はやけに美味だった。柔らかいし、口の中で肉汁がとろける絶妙な焼き加減。久しぶりの幸福感溢れる食事に心が踊る。それと同時に病院食との脱却。気分は上々だ。


「食事中に聞く質問ではないと思うんだけどさ。2人の死因って何?」


『病院』という単語でふと聞きたくなってしまった。失礼なのは分かってはいたが気になることは早めに聞く主義だ。俺はタツヤなのかもしれない。分からないことは早めに解消しておきたいその一心で頭の制御が出来なくなっている。


――するとタツヤが特に否定する訳でもなく話し始める。


「ある日俺は図書館で本を読んでいた。2階建てだったが1階のカウンター席で読んでいたんだ。すると目の前からトラックが突っ込んで来て死んだ。そして今ここにいる」


「へぇ〜2階だったら生き残ってたのにね。運悪いなぁ」


セキハが心のないことを言う。


「運もそうだが、1階を選んでいたのは理由がある。わざわざ2階に上がるのがめんどくさいからだ。それに2階には興味のある本がない。俺がいつも本を読んでいた場所は窓ガラスから太陽光が入ってくる暖かいところだ。そこを好んでいた。暑かろうが寒かろうがずっとそこの席で読んでいた。セキハの言う通り2階で読んでいればそうはならなかった。まあ結果論だけどな」


僕は死因を聞いてしまったことに若干後悔していた。他人事では無いがあまりにも不運である。


「で、セキハは?」


僕ではなくタツヤがセキハに話を振った。


「私は高校生の時いじめられていた。理由なんてない。なのもしていないのに毎日毎日暴力を受けていた。誰にも言う勇気は無かった。私の心は疲弊していたから。だからその考えに至らなかった。ある日、暴力によって頭を打ち付けられた。意識が無くなり病院に搬送された。それでそのまま亡くなったの」


「重いな……」

食事が終わりどこからか取り出した本を読みながら耳だけ聞いていたタツヤが言う。


「逆に聞くけどキサラ君は何で死んだの?」


「僕は小さいころから原因不明の病気を患っていたんだ。で高校2年で力尽きた」


「随分とあっさりだね」


「つまりみんな不遇だな」


「というか転生者はみんなそうでしょ。1回死んでるんだから。ねっキサラ!」


「ま、まあね……」


セキハは明るい性格だった。落ち込んでなどいない。気が強いのだろう。その性格が自分を死なせてしまったのだと思うと少し心が痛い。


不憫な話で締めくくってしまったが、異世界での学校生活は最高だった。今まで友達などいなかった僕だが、気長に話せる仲間ができ、充実した1日目となった。

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