段違いに



「眠い…」

 寝癖頭を掻きながら今日も学生をやるために廊下を歩く。階段を降り、朝食の用意をする。雑というか奔放というか、ともかく朝食をはじめに家事諸々は各々の気分で決まる。ホテルのビュッフェか?と目を疑う日もあれば、食べない日もある。そういうものだろう。今日も平穏に過ごせるように、とお湯を沸かしながら目玉焼きとウインナーを蒸し焼きにする。豆腐とわかめをお湯に投入。セットしておいた炊飯器を開けて育ち盛りなりの量をお椀によそう。お湯を止め味噌を溶き…今日も一発で味を決められたことに心の中で拳を握る。

 

「それでは、いただきます」


 1人の食卓ではあるが食事にはきちんと向き合いたい。そういう気分の日だった。パンを咥えて走る日は許してほしい。ゆっくりと咀嚼し、朝食って1日のエネルギーになると言えども食べたら眠くなってしまうんだよな、などと明らかに食べ過ぎな自分を他責思考しながら食事を終える。


 着替えて荷物を取るために部屋へと戻る。制服で朝食を食べている光景をテレビでは見るが、もし汚してしまったらひとたまりもない。食後に着替えて気分を切り替えるのが習慣だ。


 まだ起ききれていない頭で階段を登り━━転んだ。この歳で?転ぶ?人目がなくて良かった。


 階段を踏み外す、だけならそれなりにあるかもしれない。だが慣れた階段でも、慣れた階段ほど、一段見誤ってバランスを崩すことはあるだろうか。俺は時折ある。俺だけかもしれないが、何気ない一歩でも脳内の一段分の差が脚に現れると驚くほどに違和感を覚える。まあこれも━━こいつか。実際に勘違いや脳の不備の時もあるが、今回に関しては見過ごせない。


「人様の家を勝手に改築されたら困るんだよな」


 いたずら好きにも困ったものだ。手のかかる子は可愛いといえどもコレは俺の子供でもなければ気分で、人の反応を見たいためだけに階段の段数を変えてしまう。大きな事故につながることもあるだろう━━少しお灸を据えるか。


「うわー、転んでしまって思い切り膝を強打した。痛い、痛すぎる。これでは日常生活も困難になってしまうー」


 うん、我ながら見事な棒読み。こんなにも演技の才能がないとは。


 しかし人の理から外れたソレはアタフタとし、上目遣いでこちらを見ている。やめろ。申し訳なくなるじゃないか。


「ん゛んっ、いや、今のは違う。忘れてくれ。怪我はしていないしそんなに痛くもなかった。だが荷物を持っていたら、打ちどころが悪かったら、本当に怪我をすることもあるだろう。誰彼構わずというのもお前の存在が世に知られるのもお互い困るだろう。もっと分別を━━」


 無言で俺を指差している。こちらの言葉は通じるが向こうの言葉は理解できる時とできない時、まちまちだ。だが訴えていることはなんとなく分かる。


 分別を、つけていたのか。だから俺か。


「あー、良いだろう。良くはない、良くはないが確かに俺は健康優良児だしお前の存在を認知した上でどうこうしようというつもりはない。そういうことならまあ━━たまには、な」


 ソレは微笑んで階段の一段と共に姿を消した。さて、しばらく家に住み着くだろうから名前をつけてやろう。我が子だと思えば可愛いのかもしれない。


 そうだな━━段違い、とかどうだろう。うん、少し違う気もするがまあ自分の中の納得だ。一つ納得して階段を降り━━転んだ。

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