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 二日、くらい経ったか。いつしか俺は嘔吐に際してもトイレに向かうことなく、そこらの床に撒き散らすようになっていた。掃除なんてとんでもない、飲んで吸う時間がもったいない。

 問題は、やけに頭が痛むことだ。頭の中で重たい球体が転がっているような、とにかく脳を少しでも揺らす動きをすると中身が撹拌されるみたいで激しく痛む。

 関係ないか。ここから動かなきゃいいんだ。このままでいい。残りの酒と煙草が尽きたら、やることはたった一つなんだから。


 その時、興を削ぐ甲高い音色が耳をつんざく。インターホンが鳴った。折角良くなってきたのに、お前のせいで台無しだ。扉の向こうを確認もせず苛立ちは頂点に達し、煙草を咥えたまま半ば蹴り開けるような形で応対する。


「オイ、誰だお前。」

「邪魔すんじゃねえ。」


 丸々太って脂ぎった面に、無精髭。一丁前に纏ったスーツが狭苦しそうにしている。一体どこのどいつだ。俺はこんな奴知らないし、呼んだ覚えもない。


「永田...だけど、お前無断欠勤してるから、様子見てこいって言われたんだよ...」

「酒臭っ...?お前、まさかあれからずっと飲んでるのか!?」


「ああ!?てめえになんの関係があんだ!?あ!?言ってみろ!!」


「待てっ、待てって...!」

「俺達、友だ....」


「殺すぞおらぁああああ!!」


 穢い顔面に煙を吐きかけ、中身が飛び散るのにも構わず掴んだ灰皿を扉に叩きつける。あと何秒、顔も名前も知らないお前なんぞに、俺の時間を捧げなくちゃならないんだ?

 ふざけんじゃねえ。続けざまにがら空きの土手っ腹へ踵を叩き込み、呻いている隙に扉も閉め、鍵、チェーンだってかけてやった。

 それなのにこの野郎、ピンポンピンポンダンダンダンダン喧しい。気分が悪い。それを認知した次には、えずき、また吐瀉物の水溜まりを作った。


 その中に、見つけた。目にした瞬間今までのそれを大きく凌ぐ多幸感が溢れ出す。そういうことだったのか。あの喫煙所で、箱を放った男があんなに物悲しい目をしていたのは。

 半透明の液体にまみれ、生の脈動を湛える鮮やかな身体。わけもなく吻を吐き出す小さい小さい口。愛おしい。当たり前だ。これは、俺が生んだんだ。俺を導いてくれた。

 立派に成し遂げたんだな。立派だ。お前はもう俺なんかいなくたって生きていける。膨れ上がった俺の希死念慮は、希望に満ちていた。

 それにしても奴さんは切羽詰まっているな。誰に相談せずとも、もうたどり着いた。友達?そんなものはじめからいなかったね。


「少しの、辛抱だぞ。」


 目についたビニール袋を手に取り、掬い上げた我が子をそっと入れてやる。きっと見つかる。すぐそこで喚き、扉を押し破ろうとしているあいつにもお裾分けできるかもしれない。幸せにしてやってくれ。また次の誰かを。もう俺はなにも要らないから。

 延長コードを引き抜いて、部屋の隅に積み上がっていた低俗な雑誌を足下へ。カーテンレールにくくりつけてから首に輪をかける。下調べしておいてよかった、淀みなく手筈は済んだ。


 ありがとう。

 ありがとう。

 ありがとう。

 心の中で無限に反芻される本音。そして俺は笑顔で台を蹴った。

 苦しくないよ。涎が溢れていても。お前の幸せを考えるだけで。痛くないよ。皮膚をかきむしっても。お前の幸せを感じるだけで。


 本当にありがとう。ほら、お迎えだよ。






 ─────────






────本日未明、東京都○○区○○市に住む山口 裕貴さんが、遺体で発見され────






────本日未明、東京都○○区○○市に住む永田 正史さんが、遺体で発見され────






 ────本日正午過ぎ、千葉県○○市に住む弘前 香苗さんが、遺体で発見され────






 ────本日早朝、埼玉県○市に住む浅山 真司さんが、遺体で────






 ────本日未明、群馬県○○市に────

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【短編】肚(はら) Imbécile アンベシル @Gloomy-Manther

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