ch|2ysalis
たどり着いた倉庫の重い扉を開き、目についた隙間に箱をねじ込もうとするが永田に止められる。所定の置場所があったらしく、力を込め持ち上げ直し今度はそっちへ運ぶ。
頭がボーッとする。眠いのもそのせいか。元いたオフィスへ帰る道も、俺はわざと歩幅を広く取り、コイツのくだらない話題を避けるため早足になった。
ともかく約束はしてしまった。使い道のない金が随分と貯まってる。飲み一回奢ったくらいで生活にダメージはないだろう。
その日はいつもより退廃的な気を纏ったままゆったりと時間を過ごした。ネットサーフィンの関連項目からどんどん自殺に関わる記事へ飛んでいく手、とうに定時を過ぎていることに気がつき、固まった足腰の関節を鳴らしてタイムカードを切りに向かった。
会社を出ると、永田がスマホと鞄をそれぞれ片手に俺を待っていた。出てくる俺を見るなり手を振って、予約していたという近場の飲み屋に案内してくれた。
酒には興味がなかった。形だけの歓迎会で一度訪れた店だったが、さほど気にも留めずに俺達は座席につく。
「俺ビールね!ヤマグチは?」
「あー...ハイボールで。」
「....」
「....」
「それにしてもさぁ、お前憶えてる?」
「...なにが?」
「課長のアルハラだよ~...入社してすぐだってのにさ、接待だってガンガン飲まされて...」
「大変だったよな~...」
「...そうだっけ。」
「おう...え、憶えてないの?」
「...まあ、ぼんやり。」
運ばれてきた酒。晩酌もしないせいだろうか、久々に見るジョッキになみなみ注がれた黄金の液体は、妙に俺を魅惑した。
渋々乾杯し、一口。...美味い。率直な感想が頭に浮かび、二口、三口と飲み込み胃に流し落とす。飲まなかった反動か、こんなに美味いとは思いもしなかった。
あれだけ気乗りしなかったサシ飲みが、急に楽しく思えてきた。いや、正確には酒を飲むという行為それ自体に対して。
あっという間にジョッキが空になり、すかさず店員を呼び追加で注文した。あったかどうかわからない思い出話に花を咲かせる暇もなく、次々に。
メニューに載っている飲んだこともない酒を手当たり次第に持ってこさせた。完全にチャンポンだ。それでも美味い。花が咲いたのは飲酒の欲望だった。
どこを境に吹っ切れたのか。タガが外れたと言ってもいい。ただ只管氷の音を立てまくる。俺はこれ以上なく充実している。その事実を舌から揮発する心地よい感覚と共に味わう度、後先なんかどうでもよくなってくる。
酒、別に飲まなかったんだよな。俺。まあなんでもいいか。
「おい、おい!」
「流石に飲みすぎだってお前...!」
気づけば、俺は店のトイレで永田に介抱されながら、みっともなく。胃の中身を全て便器に吐き散らしていた。
飲み過ぎで背中をさすられたことなんかなかった。泥酔ってやつだ。朦朧としていた意識が回復してくると、このささやかな会は俺の大立ち回りによりお開きになった。
渡されたタクシー代は受け取らなかった。しこたま飲んだ料金だけを払って、確かになった足取りを頼りに永田と別れ家へ歩く。あれだけ流し込んだというのに、丸ごと吐いたお陰か頭は割と明瞭だった。
ふと、通りかかったコンビニの明かりが目についた。どうせ飲みたいだけなら、一人で飲めばよかったんだ。
迷うことなく、吸い込まれるように中へ入ると、手に取ったカゴへ缶チューハイ、ハイボール、ビールを。どんどん投げ入れる。
満杯のそれをレジに置けば、また新たな誘惑が顔を出す。俺はずっと我慢してきたんだな。折角金の使い道が見つかったんだ、経済を回してやろうじゃないか。
「...270番。」
「...2、いや3カートン。あとライターも。」
いかにも枯れた社会人の典型って風体だが、たまの放蕩くらいパーっとやりたい。靴を脱ぎ捨て部屋に転がるように帰ると、買ったばかりのそれを引っくり返した袋から放り出し、プルタブに指をかけた。
缶を呷り、飲む。やはりこれだ。このために生きてるって言葉がこうも俺に似合うなんて。
禁煙なんてクソ食らえだ。包装を食い込ませた爪で乱暴に裂き、銀紙を剥き、引きずり出した一本を咥え火をつける。
「ふぅーーーっ。」
最高だ。何年も吸ってなかったのに、数ミリの燃焼を経ても一切咳き込まない。こんなことならずっと吸ってればよかったなあ。
時間も気にせず、酒と紫煙を交互に取り込み続けるローテーションが完成する。深夜帯のつまらないトーク番組など肴の足しにもならん。この二つさえあれば俺は、なにも思い残すことはないだろう。
美味い。美味い。美味い。
美味い。美味い。美味い。
由来もなにも、この脳ミソがそう喚いているんだからそれが正しい。うっかり死んでしまいそうなニコチンとアルコールの摂取。これだけだ。これだけが俺を救ってくれる。
救済は、すぐそこまで近づいている。
─────────
「うっ...あ、ああ....?」
けたたましく不快に吠えるスマホの着信音で目を覚ました。ぎょっとして時計を見ると、出社時刻を大幅に過ぎてしまっている。いつも三軍以下の扱いばかりするくせに、こんな時だけ呼び出したがるんだなお前らは。
俺はスマホを引っ掴み、応答も拒否もしないまま力の限り柱に投げつけた。気持ちのいい破砕音。ヒビの入った画面は、程なくして黙りこくった。
もういいや。行かなくていいや、あんなところ。飲みかけの缶をまた呷り、畳にできた煙草の焦げを一瞥して新しい一本に火をつける。
一生こうしていたい。俺は誰にも止められない。求められない。ここで野垂れ死にたい、そう俺が願ってるんだ、邪魔する奴は許さない。
頭の中で悪態をつきながら、俺は人生で至上の体験をした。単純な飲み吸いの繰り返しだが、全てが満たされていく感覚は止める手を知らなかった。
日が暮れ、落ちていく。嗚呼、まったく死ぬにはいい日だ。
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