Day.6-7 桜と迫る影

 愛慈いちかは目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。そして体を起こせば周囲には見慣れない景色があった。

 ここはどこだろうと考える。でも昨日は繋希けいきに案内されたこの秘密基地に泊まった事を思い出した。


「起きた?」


 後ろからの声に目を向けると、繋希が飲み物を持って来ていた。


「缶ジュースだよ」


 そう言って渡すと、愛慈の隣に座った。


「今日はどうするの?」

「繋希君は?」

「俺は夕方まで適当にふらふらして、夜遅くになったら一回帰ろうかなって。もし今日も帰りたくないならここにいてもいいよ?」


 愛慈は少し考えた。

 今自分にはお金が無い。もし何か買う事になれば繋希に迷惑をかけるだろう。それにこの場所だって廃屋ではあるが、外という事に変わりはない。

 周囲の木や廃材のお陰で中は見えないようになっているもののやはり不安だった。


「私も今日は一回帰ろうかな。夜遅くに」

「そう。それならまだ一緒にいられるね」


 繋希と愛慈は家が近所のためお互いの両親は一応知り合いである。それがあって愛慈は自分の親が繋希の親に連絡していないかが心配だった。

 もちろんその逆も然りである。


「繋希君の両親って、繋希君がいなくなったら心配して警察に電話したりするの?」

「しないかな。前に三日くらい家に帰らなかった時があったんだけど、特に何も無かったし。だから多分警察どころか、他の家に電話とかもしていないと思うよ。それに家の電話は線を抜いてるんだ。だからスマホの番号を知らない限りは他からも電話は来ないよ」


 繋希は愛慈の心配を察して答えると、愛慈は安心した顔になった。


「夜まで何もする事がないならさ、いいところがあるんだ。一緒に行ってみない?」

「うん。でもどこ?」

「着いてからのお楽しみ。ここから少し離れてるけど、俺のお気に入りの所なんだ」


 そして二人が廃屋から出ると、愛慈は繋希に手を引かれて歩いた。

 昨日ここに着いたのが夜だったので分からなかったが、途中で見た景色はどれも見覚えが無く、とりあえずは家の近くではない事だけは分かった。


 体感的に三十分くらい歩いた時、


「あそこを曲がると到着だよ」


 細い路地を進んだ先に大通りに出る角があった。

 繋希はそこを指さすと、愛慈を引いて歩くスピードが速くなった。そしてそこを曲がると


「綺麗……」

「でしょ」


 愛慈は目の前に広がったその光景につい言葉を漏らした。

 それは満点の桜が咲く桜並木だった。首が痛くなるくらいに見上げると、左右どこもかしこも桜でいっぱいだった。


「ここは毎年これくらいの時期になるとたくさん咲くんだ。凄いだろ」

「うん。凄い綺麗」


 繋希は愛慈の驚いた顔と喜んでくれた様子を見て嬉しくなった。

 愛慈は今までこんなに桜で覆われた景色を見た事がなかったので、何度も何度も首を動かした。


「でもどうしてこんな所を知ってたの?」

「実はさ、この先のまた少し行ったところに病院があるんだ。俺はそこで生まれたって親から聞かされたんだ。窓から見える桜が綺麗だったとかで、今でも毎年この時期は家族でここに来てるんだ」

「そうなんだ」


 それから二人は他にもいる見物客に混ざって満天の桜を満喫した。途中で屋台を発見すると昼食を食べ、二人は他愛もない話をした。


 愛慈は特にこの二日間はいつも以上に笑ったし、楽しかった。それもこれも繋希のお陰だと思い


「ありがとう」


 と言った。

 繋希から見た愛慈は、その後ろで舞った桜もあって可愛らしくも綺麗な姿だった。


 日が傾き始めるとここには家族連れの人が減り、その代わり若い男や少しガラの悪い人が増えてくる。二人はそれを見越してこの場所を去った。

 そして戻って来た場所はいつもの公園だった。


「今日は楽しかったね。あんな場所があるなんて知らなかったよ」


 愛慈は興奮冷めやらぬ状態で繋希に話しかけ続けている。


「そうだね。俺も楽しかったよ。もしさ、その……良かったらだけど、来年も一緒に見に行かない?」


 繋希は少し照れながら言う。


「うん。絶対に行こう。その時はきっともっと楽しいよ」


 そう言った愛慈の笑顔は夕陽に照らされてとても輝いていた。


***


「見つかったか?」


 誠と瑠奈はあれから休むことなく探し続けていた。

 そしてそろそろ日が暮れようとしていた。


「いないわ。もう時間が」

「分かってるそんなこと」


 誠は焦りと共に、こんな時でも体がアルコールを欲しているようで次第に苛立ち始めた。


「どこか心当たりはないのか?」

「あるけど、もう探したわよ。もういないわ」

「行ってみなきゃ分からないだろ。もう出来る事が限られてるんだから」


 そうして瑠奈に案内されて向かった先はあの公園だった。


「あ、あれ!」


 瑠奈が指さす方に目を向けた誠はついに発見した。

 そこでは愛慈と繋希がブランコに座って何やら楽しそうに話をしていたのだ。


「あのガキ。人の娘をさらいやがって……」

「たしか西園さんの家の子だよ」

「そうか。お前は向こうの出口を抑えろ。俺はこっちだ。必ず連れて行く。いいな?」


 瑠奈が頷くと、二人は二か所ある出口へそれぞれ向かった。

 そんな事など知る由も、気付く事も無い愛慈と繋希は今だに楽しそうに話しをしていた。


「そろそろ日が暮れるね」

「うん……やっぱり私、家に帰りたくないな」

「そっか。それじゃさまた―…」


 と繋希が言いかけた時だった。


「おいガキ。人の娘から離れろ」

「えっ」


 後ろからドスのきいた声が二人の耳に入った。


「なんでここにいるのよ」


 そこには誠が立っていた。そして鬼の形相を繋希に向けると、次には愛慈にも目を向けた。


「来い。お前はこっちに来るんだ」

「いやっ……離してよ……っ」


 誠は強引に愛慈の腕を掴み、引きずるようにして瑠奈が控えている出口へと向かった。

 愛慈は必死に抵抗するも、やはり大人の男の力には敵わずそのまま手を引かれ続ける。


「待て! 俺はまだ愛慈に―」

「あァッ! なんか文句あんのかガキ!」


 その鬼気迫る表情と重圧に繋希は言葉が出なくなってしまった。

 去り際に繋希に向けた目は血走り、まるで来たら殺すとでも言っているかのようだった。

 それを前に繋希は動くことが出来ず、連れて行かれる愛慈の悲しそうな顔にただ手を伸ばすことしか出来なかった。


「繋希君!」


 愛慈の全力の声だった。そんな悲痛な声を聞いた途端、繋希は何かを思うよりも先に脚が動いて誠のところへ駆けていた。


「待てって、言ってんだろうが!」


 しかしその威勢も、振り上げた拳も無駄と言わんばかりに誠は繋希の腹に蹴りを入れた。そして何を言うでもなく、地面でもがいている繋希に構わず再び歩き始めた。


「ま…て……」


 それから繋希の手が届く事はなかった。

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