Day.6-6 焦りと、見つけた少年

 誠と瑠奈の役目終了まで残り一日半。

 二人は相変わらず悩みながらも己の欲求に正直に過ごしていた。もはや、考えるという口実の下でその行為をしていると言っても過言ではない。


 この日、愛慈いちかは朝に学校に行ったっきり夜になっても帰ってこなかった。普通の親であれば子を心配するのは当然だが、二人はそれよりも自らへの不安を感じていた。


「愛慈はまだ帰らないのか?」


 誠は次第に苛立ち始める。瑠奈もそれは同じだった。


「探しに行く?」

「当たり前だろ。こんなんで終わってたまるかよ」


 行き違いにならないように誠は家で待機、瑠奈は周辺を探しに出た。

 通学路、中学校周辺、コンビニと思い当たる事は無くてもとにかく探しまわった。しかしどこにも愛慈の姿はなかった。


 瑠奈は昨日愛慈に言われた言葉を思い出していた。

 これは二人が何年も放置し、欲の赴くままに行動し続けた罰なのだろう。だから昨日愛慈があんな事を言ったのは仕方のない事だったのだ。それでも、自分の事を親じゃないと言われたのには流石にショックだった。


「都合が良すぎるわよね……」


 人はその人が必要になった時になってようやくその人がもう自分の近くからいなくなっていたと知るのだ。

 愛慈も人間だ。この数年間という時間はいくら相手が親だとはいえ、心が離れていくには十分だったに違いない。


 結局愛慈は見つからず、瑠奈が帰ろうとした時、通りがかった公園のブランコに座っている二つの人影を見つけた。

 その内の一人は紛れもなく愛慈だった。でもその様子は瑠奈が知っているものとはかなり異なっていた。


 とても笑っていたのだ。しかも満面の笑みである。

 そんな顔を瑠奈は見た事がなかった。視線の先にいる愛慈はとても楽しそうに隣にいる同年代くらいの子に笑いかけ、その子も楽しそうにしていた。


「そろそろ帰らなくていいの? お母さんが心配しない?」


 彼がそう言った。

 しかし愛慈はただうつむくだけだった。


「何かあるんだね」

繋希けいき君こそ帰らなくていいの?」

「俺はいいんだ。今は家にいたくないから」


 彼も自分と同じだ。愛慈はそう思うと親近感と共に喜びを感じた。

 そんな会話や感情を瑠奈が知る由も無く、しばらく様子を見ていたものの一向に帰る気配がなかったのでその場をあとにしたのだった。


「もし今日このまま帰らないなら、このまま一緒にいない? 秘密基地があるんだ。お金は持ってるし、お風呂は銭湯にでも行こうよ。案内するしさ」


 中学生がこんな時間に外にいてはきっと補導される。そうなっては強制的に家に返されてしまう。でもそんな不安よりも彼、西園にしぞの繋希と一緒にいることによる安心と楽しさの方が強い。そう思って愛慈は繋希と一緒にいる事を選んだのだった。


 それから二人が公園を出たのは、瑠奈が去ってから一時間以上経ってからだった。

 結局愛慈はこの日家には帰らなかった。

 瑠奈はというと、この気持ちを鎮めるためにパチンコに出かけた。もちろんそんなお金は無かったので闇金から借りた。

 勝って酒でも買っていってやれば誠は許してくれるだろう。そう思ったのだった。


***


 残り半日。

 あの後も当然のように負けて帰った瑠奈を誠は酒が切れたこともあって容赦なく殴りつけた。そのせいで今日の瑠奈の顔はひどく腫れていた。


「おいッ! いるんだろ! 金返せ!」


 二人は今日も愛慈を探しに行かなければならないのに、そんな日に限って闇金からの集金がやってきたのだ。

 激しく扉を叩く彼らに気付かれないように、二人は部屋の奥で息をひそめた。


「窓から行け。割ってでも入れ! いたらまだ殺すなよ。金を回収するまでは生かしておくんだ!」


 複数の足音がそこから窓の方へ移動し、鍵がかかっていた窓を割って室内に侵入した。そして一人が玄関の扉を開けると、さらに数人の男達が押し寄せた。


「東雲さんよォ、しめて五百万。利子もある。いい加減金返さんかい! こちとらもう待てんのじゃ!」


 部屋の隅に追いつめられた二人に鬼のような形相をした男が詰め寄った。


「そんなに借りた覚えはないわ。何かの間違い―」

「ぬかすなボケが! ウチの利息に同意したのはそっちだろ? とっとと返さんかい!」


 家具を容赦なく蹴り飛ばして威嚇をする彼に震えるしかない二人。


「せめてもう少しだけ待ってくれ……今は金が無いんだ」

「何回目のもう少しじゃボケが!」

「そこをなんとか……何をしてでも必ず返しますので……」


 何をしてでも。その言葉に闇金の男の顔色が変わった。


「ほぅ。それじゃ、そうしてもらおうか。具体的にはいつまで待てばいいんだ?」

「きょ、今日の夜までには……」


 圧倒的な威圧を前に誠はそうとしか言えなかった。

 思い返せば以前もこんな事があった覚えがあった。その時はどうにかなったような気がしているが、どうやったかは覚えていなかった。

 そうして男が誠の顔を殴った。


「夜やな? それまでにきっちり用意せんと、本当にしてもらうからな」


 そう言い捨てると彼らは部屋を出て行った。


「どうするの? 五百万なんて大金はすぐに用意出来ないわよ?」

「でもするしかないだろ。元はといえばお前がすぐに返さなかったのが悪いんだからな」


 瑠奈は黙るしかなかった。すると瑠奈に妙案が浮かんだ。


「愛慈を探そう。それで一緒に逃げるのよ。今日で役目が終わる。なら最後まで愛慈を守って逃げればいいんじゃない?」


 無論、その言葉に対して誠に考えている余裕や時間はなかった。


「それでいくしかない。愛慈を見つけ次第すぐに逃げるぞ」


 直後二人は必要な物を持って家を出ると、手分けして捜索を開始した。

 誠には手がかりが無かったので、闇雲に走り回って探すしかなかった。しかし瑠奈にはそれがあった。


 瑠奈があの公園に辿り着くと周囲をくまなく探した。だが愛慈はおろか、昨日の少年すらも見つけられなかった。


 ここで死ぬわけにはいかないと思っているのは誠も瑠奈も同じだ。それ故に一層焦りが強くなっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る