Day.5 満たされない少女
Day.5-1 知り合い
レイカはいつも通りに
「繋希君、起きなさい」
その一言で目が覚めた繋希は、昨夜のあれはもしかしたら夢だったのかもしれないと思った。
もしも本当だった場合にここで聞くのは、いや聞いたとしてもレイカの事だ。話を逸らすかして答えないに違いない。まぁ結果がどうであれ、聞かないというのも優しさだろうと思って心に留めておく事にした繋希なのだった。
「なに私の顔をじろじろ見てんのよ? 何か付いてるの?」
「いや、別に」
今日も今日で高校の制服を身にまとい、長い黒髪を揺らしながら漆黒の拳銃の整備をするレイカ。
「そう毎日整備が必要なのか?」
「当然よ。その時になって弾が出ませんでしたなんてあったら一大事よ? 魂はね、然るべき道が決まったらすぐに執行しないといけないのよ。仮にその道が地獄なら、銃の不具合が出ている隙に逃げられるかもしれないの。そんな事になったら私の役目が危ういわ。それに、万一中に銀の弾丸が入ってたらもったいないもの」
「なるほど。確かにそうだな」
「そんな事よりも、次が来たから早く行くわよ」
整備と準備を整え終わったレイカは繋希の腕を掴むと、すぐさま移動を開始した。
亡者の魂が出現する場所はランダム。だが死神にはその居場所が分かる。
次にレイカが立ち止まった場所は、今回もやけに廃材というかが多く転がっている荒廃とした所だった。
レイカは目線の先に標的である亡者を見つけると、そのまま静かに近づいていった。
見たところそれは女の子で、ロリータとまではいかずとも、彼女はお姫様のようなフリフリの服を身に纏っていた。しかし、その基調となっている色は白やピンクといった清楚さを感じるものではなく、どちらかといえば主に暗めの色があしらわれていた。
さらに所々にはフリルが付けられ、スカートはやけに大きくふわっとしてるのでパニエでも履いているに違いない。
「なんだっけ? あんな子を地雷系っていうんだっけ?」
「俺も思った」
亡者との距離はまだいくらかあるので、レイカが彼女に聞こえないようにボソッと呟いた。
さらに近づくにつれて徐々に見えてきたその姿。
やはりそれはレイカが言う地雷系というものに分類される出で立ちで間違いなかった。
「あなた」
と第一声はレイカが発した。
「え。あ。よかったぁ。人いたぁ」
繋希は振り向いた彼女の顔を見て驚いた。
物静かな雰囲気と柔和な印象を与える口調と表情。
それを裏切るように両手の爪は黒く塗られ、それでも愛らしさを演出しようとしてはいるものの、心のどこかに病みを抱えていそうなメイクが顔にコーティングされていた。
エナジードリングの缶を持つ腕は袖によって隠れてしまっているが、動かされた際に見えた手首には自傷の傷があった。
否、繋希はそれらに驚いたのではなかった。
「あれぇ? 繋希じゃん。こんな所で会うなんてぐーぜん。隣の子は彼女?」
「お前に言う義理は無い」
レイカは動揺の後に明らかに不機嫌な様子になる繋希に気付くも、彼女にはいつもの調子で説明をした。
「そう…… 私、死ぬかもしれないんだ……」
彼女は俯いて残念そうにしている。
だがその直後、近くの廃材を思い切り蹴飛ばして何度も踏みつけた。それと一緒に鬼のような形相を浮かべては、ただそこにあっただけの廃材を罵り始めた。
「クソッ! クソッ! クソッ! どこのどいつだッ! 絶対許さない! 殺してやる殺してやる殺してやる……ッ!」
「ねぇ、あの子クスリでもやってんの? 繋希君とは知り合いみたいだったけど?」
レイカは荒れ狂う彼女に聞こえないように繋希に問いかける。
「アイツは鈴原満奈美っていって、むこうじゃ色んな男を食い荒らしては金を貢がせるだけ貢がせて、その男が崩壊したら捨てるようなクズ人間だよ。全ては自分中心。自分の言う事は絶対で、従わない人は暴力で支配。それに、俺の友達にまで手を出して精神と家庭を崩壊させたんだ」
レイカは、だからさっきから機嫌が悪そうなのね。と思いはしたが口には出さなかった。
「そんな危険人物なのによく男は引っかかるわね」
「まぁ、顔だけはいいし。静かにしていれば普通の子にしか見えないからな。女に免疫の無い男は案外すぐに引っかかっちまうんだよ」
「男って単純ね」
「高校生なんて誰でも最初はそんなもんだよ」
未だに力の限り廃材に暴力を奮う満奈美をそのまま放置しておくわけにはいかないので、
「そろそろいいかしら? でないと、現世に戻れなくなるわよ?」
とレイカが満奈美とは正反対に冷静に言った直後、満奈美はぐりんとレイカに顔を向けて鬼のような形相で胸ぐらを掴みかかった。
「誰だ? 誰が私を殺した? 言え! 言わないと殺すッ!」
「死神の私を殺すなんて、随分と面白い事を言うのね」
「おま…ッ」
さらなる暴走を防ぐために繋希は強引にレイカと満奈美を引き離した。
「一旦落ち着け」
繋希が満奈美に冷たく言うと
「くそ……っ」
満奈美は悪態をつき、持っていたブランドバッグから錠剤のような物を取り出して飲み込んだ。さらに、左袖をまくったと思ったら持っていたカッターナイフで腕を切った。
「はぁ……」
亡者故に血は流れなかったものの、満奈美には目に見えて落ち着きが戻っていった。
「気が済んだかしら?」
「……うんっ。それで、私は何をしたら現世に戻れるのかなぁ? じゃんけんで勝ったらでいいかな?」
さっきの狂喜乱舞はどこにといった様子で最初の落ち着いた口調に戻った。しかし、そんな感情の起伏にもレイカは眉一つ動かさずに淡々と役目を告げる。
「鈴原満奈美さん。あなたの役目は、繋希君の友人の
「なんで私がアイツを笑わせなきゃいけないの? アイツは尽くす側。私は尽くされる側。それなのにどうしてこの私がそんな事を」
非常に不服の様子である。もちろん繋希は予想していた。
「嫌なら何もしなくていいわよ。その代わり、二日後には地獄に堕ちてもらうけど」
「繋希。この女と知り合いなんでしょ? どうにか言って今すぐに私を現世に戻させなさいよ。というか、優の存在がそんなに大事なわけ? アイツは何も言わずに私の言う事に従ってたのよ? それなのにまるで私が悪いみたいに―」
すると、繋希は昂った感情のままに満奈美の胸ぐらを掴んだ。
「ふざけるなよ。優はお前に殴られ、脅され、罵倒されて従う事でしか自分を守れなくなってたんだ。従わなければ殺されると思って怯えていたんだ。暴れ狂ったお前を鎮めるには金を使うしかないと、家の金にまで手を出さなくちゃならなくなって家庭崩壊をしたんだぞ。終いには精神疾患で入院。全部お前のせいなんだよ! お前なんてな! 地獄に―」
「繋希君!」
レイカは場を制するように声をあげると、我に返った繋希はしぶしぶ満奈美から手を離した。
「満奈美さん。あなたが現世に戻るには自分の行いを反省し、役目を達成するしか方法はないわ。戻ってやりたいこと、あるんでしょう?」
「当然よ。私にはまだやりたい事がたくさんある。女の究極の幸せ、結婚だってしていないし。いい男を見つけて幸せにしてもらうのよ」
「そう。ならやるってことでいいのね?」
繋希は落ち着きを取り戻しつつあるものの、満奈美を睨む目は非常に鋭かった。
そんな満奈美に対して至極冷静に問うレイカに繋希は凄みというか、死神自らが背負った役目に対する意識の高さを感じた。
「納得出来ないけどね。でも一つ教えて。私を死にかけにさせたのは誰?」
「名前は知らないわ。きっとあなたが手を出した男のどれかね」
「……そう。もういいわ。始めていい? あ、ちなみに他に失敗の条件ってある? これだけはしちゃいけないとか」
「役目の世界で自分が死ぬ事、もしくは優君が死ぬ事よ」
レイカはそう言うと、満奈美の頭上に扉を出現させた。
「それでは、今からあなたを現世の過去へ送ります。そこで優君を心からの笑顔にするのです。終わったらまた会いましょう」
それから満奈美が吸い込まれた扉が閉まると、辺りは一気に静かになった。
「……ごめん」
「なんで謝るのよ?」
「取り乱しちまった。レイカが止めてくれていなかったら、もしかしたら死神の役目にも支障が出たかもしれない」
繋希は素直に謝るも、それに対するレイカの答えは
「繋希君が亡者に何をしても私の役目に影響は出ないわ。血は出ないし、亡者同士の争いで魂は消えないもの。まぁでも、私が繋希君の立場だったとしても友達を酷い目に遭わせた人は同じように殴りたくなるわね。だからさっきのは気にしなくていいわよ」
そう言われても繋希の心の中のもやもやは消えなかった。でももう当の満奈美がここにいない以上は何を言っても思っても仕方のない事なので
「分かった。ありがとう」
と自分を鎮めるしかなかった。
「一つだけ聞いていいか?」
「いいわよ」
「満奈美を死にかけにした人、本当に知らないのか?」
「さぁね。言ったところで結果は変わらないと思うし。特に何も言わなかったのは、私もあの子が嫌いになったからよ」
「結果が変わらないって…… もしかしてやる前から既に決まっているのか?」
「そんなデキレの役目は割り当てられないって前に言ったはずよ? どんな役目でも結果は自分次第。公平よ。ただ、考えてもみなさい? あの性格で一人の人を心から笑顔にするのよ? しかも期間が二日しかないのよ? さて、どうなるんだろうね」
レイカはいつも通り話をしているようだが、繋希にはどこか不機嫌そうに見えた。
「というか、嫌いになったって事はそれって私情じゃない?」
「私情で執行しようとしていないからセーフよ」
「やっぱり都合がいいんだな」
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