Day.5-2 始まりと予兆
満奈美は雑踏の中を歩いていた。
天気は良く、時刻は昼くらいだろう。サラリーマンや主婦達がレストランやファストフード店に並んでいる。
そんな中で満奈美の意識が確かなものになった。
彼女は周囲を見渡すと、ここは行き慣れた街の秋葉原へ向かう道中だった。
隣には
「優。今日は何日だっけ?」
「……えっと」
日付を聞くと、満奈美はこの日が優と共に行動をするようになって三ヶ月目の日である事を思い出した。
そしてこの世界の二人は高校一年生でバイトなんてしていない。にも関わらず、満奈美は高そうな地雷系ファッションに身を包み、いかにも金がかかっていそうなメイクをばっちりとしていた。
ちなみに彼女は自分のファッションが地雷系だなんて知らない。自分が好きだから着ているのだ。
対してマサルはというと、よれたTシャツにジーンズ。肩掛けの鞄も薄汚れていて所々には補修した跡があった。
体型は極端に痩せており、髪も伸び放題で自分に金をかけていない、もしくはかける事が出来ていないという印象を強く認識出来る外見である。
優は歩いている最中も終始俯き、その表情は晴れない。
コイツを笑わせればいいのね。簡単よ。私と優の仲なんだから余裕よ。
と満奈美は思い、とりあえずレストランに入った。
「優。今日は何でも食べていいわよ。二人で楽しもうね」
「……うん。そうだね」
「それじゃ私は―…」
と高そうな料理を注文してはテーブルに並べる。
「それだけでいいの?」
「……うん。これで十分だよ」
そう言って優が注文したのは、水と一番安いサラダだけだった。
もそもそと食べる優は、時折満奈美の様子を見ては落ち着かない様子だった。
「もしかして今日は体調悪いの……?」
と満奈美が言うと、ビクリとした様子で
「そ、そんな事ないよ、今日はどこに行くの?」
と優は元気に見えるように答えた。
「そうね。とりあえず洋服見て、玩具も見たいかな」
「服とフィギュアだね。分かった」
満奈美の趣味はこの地雷系ファッションと一通りのヲタク文化だ。
秋葉原に来た時は服とフィギュアを見て回るルートということが定着している。
食事を終えると満奈美は先に店の外に出て行った。そして優が会計を済ませると目的地へ向けて歩き始める。
「……その服。持ってたっけ?」
「あぁ、これね。この前パパに買ってもらったの。でね、鞄は誰だっけ? クラスのあの子、名前はなんでもいいや。その子に買ってもらったのよ。可愛いでしょ?」
「……うん。そうだね」
「優。今日は全然笑ってくれないのね? 私といて楽しくない……?」
そう言った満奈美の顔には影が入り、そこから想像される次の行動を予想、いや察知した優は
「そんなことないよ。いつも楽しいよ」
と、回避するように笑顔を作った。
「良かった」
そして秋葉原に到着すると、いくつもの店に入っては服やフィギュアを物色し購入していった。一つの店に入れば一つ袋が増える。それらは全てマサルが会計を済ませては運び、満奈美が手伝うことはなかった。
「次はあっち」
と次の店に入ると、そこは高級フィギュアのショーケースが並ぶ店だった。
価格も数千円とかではなく、数万円の値が付けられているものがほとんどである。
もちろんこんなものは高校生の立場で簡単に手が出るものではない。だが満奈美は
「これ可愛いな…… 優。これ、可愛いよね?」
「……そうだね」
「うん」
そのまましばらくの沈黙が続くと、
「もういい。帰る」
「えっ」
次の瞬間、満奈美は店を出て行ってしまった。
それを追う優が声をかけようとした時、
「何で? 何ですぐに買ってくれないの?」
「流石に高過ぎて、もうお金が……」
「それでもどうにかするのが男でしょ? 私といて楽しいんでしょ? 優は私に尽くすのが幸せなんでしょ?」
振り向いたその顔には影と怒気が宿り、まるで敵を見るような鋭い目で優を睨み付けていた。
「……ごめん」
直後、満奈美は優を殴った。
「お前が心から笑ってくれなかったら私は終わりなんだよ! なら私に尽くしてさっさと笑えよ! それで私は救われるんだから!」
人目をはばからずに怒鳴り散らし暴力を奮う満奈美に通行人達が目を向けるが、すぐに見て見ぬふりをして通り過ぎていった。
「最悪。今日は欲しいものが何も買えなかった。明日も付き合えよ? 今日の埋め合わせをしてもらうから」
すると、満奈美はスマホを取り出してある人に電話をかけていた。
「もしもし? 今から秋葉原に来れる? ちょっと予定が空いちゃって。どうかな? ……分かった」
電話が切れると欲しい回答がもらえなかったのか、使えねぇなとぼやいた。
一層不機嫌な顔になりながらも、別の人にかけた。
「もしもし? パパ? 今日空いてる? あ、分かった。そこで待ち合わせね」
また電話が切れると
「優。今日はもういいわ。荷物を私の家の玄関まで運んでおきなさい。そしたらもう帰っていいから」
優は何も言わずに、ぼろぼろの鞄の肩掛け紐を握っていた。
「役立たず。クズ」
満奈美はそう吐き捨てて足を蹴ると優の前を去った。
それから優は大量の荷物を言われた通りに運び、明日の為の金をどうしようかと考えていた。もちろん、高校生になってそこまで経っていない彼が明日までに用意出来る金額なんてたかが知れている。
彼が自宅に着く頃、スマホには満奈美から多くの罵詈雑言と明日買うもののリストが送られてきていた。
そして最後に一言、買って笑わなきゃ殺す。という言葉が打たれていた。
「は…はは…… 僕は何のために……」
金を用意出来なければ怒られる。もしかしたら本当に殺されるかもしれない。
今日だけでなく今まで何度も感じた恐怖が彼の心を支配した。
断って抵抗すればいい。そんな選択すらも思い浮かばなかった。なぜなら、過去にそうやって抵抗した結果、刃物を持ち出されて本当に殺されそうになったからだ。
それゆえに、買って笑わなきゃ殺す。という一言は彼を追い詰めておかしくするには十分だった。
「優。何をしている?」
そして優は気が付くと両親が貯めていたお金に手を出そうとしていた。
その通帳の中身を引き出す為の番号等はもちろん知っていた。
明日は自分の小遣いの前借りでどうにかなる金額ではない。だからもうこれしかないと思ったのだ。
「これがあれば、僕は生きていけるんだ……」
「何を言っている? 早くそれを返しなさい」
「父さん。明日はどうしてもお金がいるんだ。じゃないと僕は……僕は……」
目が血走っていた。それに息も荒い。精神的に追い詰められていた優は台所から光る物を持って来た。
「落ち着け。落ち着いてそれを置くんだ。事情を話せ。父さんが何とかしてやるから」
「話したところで何も変わらないよ。でもこのお金があれば変わるかもしれない。だから、これを僕にちょうだい?」
優は不気味に笑いながらも目からは涙を流し、手は震えていた。
「駄目だ。その金は将来の為の金だ。父さんに返すんだ!」
「うるさい! 僕にはもう、これしかないんだよォ!」
次の瞬間、優は父に向けて走り出し、手に持つ包丁でその腹を刺してしまっていた。
直後力無く自分の足元に崩れ落ちる父を見て、その心には罪悪感よりもお金を手に入れた事による達成感が満ちていた。
「あなた? すごい音がしたけど、どうし……」
別室から母が現れ、その様子を見た途端に言葉を失い、父の亡骸に駆け寄っては泣き崩れた。
「どうして……どうして。優。どうしてなのよ……!」
母は怒りと悲しみを含んだ目で優を見た。
この人も僕からお金を取るんだ。
そう思い込んだ優は、気が付くと母も包丁で刺し殺していた。
「は……ははは……これで僕は、明日救われる…… 生きていけるんだ……」
服は返り血で染まり、床には二人の死体と真っ赤な血だまりが出来ていた。
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