Day.3-15 (終) 夢の終わりと始まり
「ゆ…
夢叶は目を覚ました。
横たわるベッドの横では父と母が泣いて喜んだ。
「先生! 先生! 娘が、夢叶が目を覚ましました!」
その声に医師がすぐにかけつけて容態を確認すると、もう安心だと言った。
「良かった。本当に良かった……」
「お父さん。お母さん。笑ってよ。私は笑ってるお父さんとお母さんが大好きだよ」
現実の世界の戻った中学生の彼女は、布団をぐしゃぐしゃにする勢いで涙を流す両親を見て自分は心底愛されているのだと感じた。
「そうだな。笑わなきゃな。今日は夢叶が目を覚ましてくれた日なんだから。お父さんとお母さん、これからまた頑張るから。そしたらまた夢叶の絵みたいに楽しく過ごそうな」
父が持っているその絵は、夢叶が倒れる直前まで描いていた絵だった。
「私ね、また絵を描きたい」
夢叶がそう言って体を起こそうとしたので、両親はまだ寝ているように止めた。しかしそれでもと上体を起こした。
すると、否応なしに両脚の膝から下が無くなっている光景が目に入った。
「夢叶…これはその……」
二人は自分達の不甲斐なさと娘のショックを思い、何も言えずにうつむいていた。
しかし夢叶は
「脚が無くても漫画とか絵はどこででも描けるよ。お父さん。お母さん。私、いつかみんなを幸せにする漫画家になるね」
「夢叶…… そうだね。夢叶ならきっとなれるわ。だってお母さんとお父さんは夢叶の絵と漫画を見ると凄く幸せになるもの」
「うん。ありがとう。私、頑張るね」
夢叶がほほ笑むと、三人はここから未来へのスタートをきった。
***
―四年後
先日夢叶は無事に高校を卒業した。
あれから退院してまもなくすると父の仕事が見つかり、母もパートに復帰した。
夢叶は今後車椅子にするか、義足にするかの選択に対して義足を選んだ。
この先も一歩一歩歩んでいきたいからだという。
今はマンションの一室で家族仲良く過ごしているわけだが、今日は朝からやけににぎやかというか、慌ただしい。
「夢叶。忘れ物はない?」
「大丈夫。全部持ったよ」
朝食を終えて玄関の方に急ぐ夢叶はとても嬉しそうだ。
今日は仕事が休みの父は朝食を食べながらその様子を見ていた。
「夢叶は仕事か?」
「そうなのよ。今日から始まるんだって」
進学か就職か、夢叶は自分の進路に関してどちらも選ばなかった。
その代わり、その他として自分が決めた道を行く事を選んだ。
もちろん教師には反対されたが、両親が応援してくれたので確固たる意志でその道に進むことを決意したのだ。
「行ってきます」
「気を付けて行くんだぞ?」
夢叶は元気よく家を出発した。
もう慣れた義足が今日から始まる夢への道を一歩一歩進んでいく。
「ここかな……?」
送られてきた地図を元にその場所に到着すると、そこはマンションの一室の前だった。
インターホンを押すと、女の人が出てきて中に通された。
「先生。今日から入る新人のアシスタントの方がいらっしゃいました」
「あらぁ、今日からだったのねぇ。いらっしゃい」
その声は奥の机の影から聞こえ、間もなくして先生が夢叶の前にやってきた。
その人はふわふわの栗毛色をした髪をセミロングに整え、ぱっちりとしつつも丸い愛嬌のある目を向けた。
さらに柔和な雰囲気を全身に纏っており、まさにキレ可愛いという言葉がよく似合う女性だった。
「初めまして。みつまるノノカです。ノノカ先生って呼んでね」
彼女の姿を見た途端、夢叶の頭にはあの時の記憶がよみがえった。
役目の世界の夢叶はアトリエから一歩も外へ出ていなかったので、このマンションの一室がノノカ先生のアトリエだということを知らなかった。
さらに、ここに通された時には既にアシスタントの机が埋まっており、案内してくれた人とも面識がなかった。
きっとこの人が担当編集の方で、もちろん役目の世界で見たことがなかった。
「ノノカ……先生……?」
その名を口に出した時、夢叶の感情はいっぱいいっぱいとなって頭の中が真っ白になってしまった。
先生やアシスタントの方達の視線が一気に夢叶へ向けられた。
その目は初めて会う人に向けられたものだった。
直後、あの時の記憶を持っているのは自分だけで他の人達が自分の事を知るわけがないのだと察し、僅かに湧いた期待感を落ち着かせると自己紹介を始めた。
「えっと、今日からお世話になる進藤夢叶です。私はノノカ先生みたいな漫画家になるのが夢で……その……」
「あらあら、どうしたの?」
「えっ……私、どうして……」
気が付くとその目には涙が溜まっていた。
「すいません。なんでも、何でもないんです。……ここがノノカ先生のアトリエだったなんて知らなくて…… 知らなくても、また会えるなんて思わなくて……」
溜まった涙がついに溢れ出すと、止めどなく流れ続けた。
それを拭っている合間に見えたノノカ先生は
「あれ? どうしたんだろう……? 私も何か……」
その目にも涙が溢れてきていた。
「ノノカ先生。もらい泣きですか?」
「違うのよ。でもなんでか分からないけど涙が止まらないのよ」
しばらく鼻をすすってどうにか落ち着くと
「えっと。夢叶ちゃんね。よろしくね。今日からまた一緒に頑張ろうね」
「また……?」
「あれ? 私……どうしてそんな事を……」
その言葉を聞いた途端、夢叶は無意識に
「ノノカ先生。ただいま」
と言っていた。
ノノカ先生はそれを聞いた途端、一度深く目を閉じると頬に一筋の雫を流して
「おかえり。夢叶ちゃん」
と優しく微笑んで言った。
それから夢叶はアシスタントの人達の存在を忘れ、ノノカ先生に抱き付いて声を上げて泣いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます