Day.3-12 結果の時

夢叶ゆめかちゃん。起きて。そろそろ時間だよぉ」


 夢叶がその声に目を開けると、視線の先にはノノカ先生とアシスタント達がいた。

 そのまま時計に目を向けると。結果発表開始の五分前を示していた。


「よく眠れた?」


 ノノカ先生が持って来た温かいコーヒーを一口飲むと、自らの席に着いて結果を待った。


「おかげさまで。両親の夢を見ました。そこでも自分は漫画家になりたい。そう願っていました」

「そっか。じゃ、ちゃんと叶えないとね。それはきっとご両親の夢でもあると思うから」


 そしてついに時計の針が発表開始時刻の十八時を示した。

 今日のアシスタントの仕事は既に終了していた。しかし誰も帰ろうとせずに全員がそわそわし、何かしらの通知があればその音に敏感に反応していた。


「もし予定があるなら、先にあがっていいわよ?」

「ノノカ先生。今日は夢叶さんの大事な日なんでしょ? 私達もしっかりと最後まで見届けますよ」


 全員の気持ちは一緒だった。

 今日まで夢叶がやってきた事、これまでの努力、そして悔しかったこと。それから何度も漫画家になりたいと言った日の事。今日その全てに結果が出るのだ。


 その時だった。

 スマホのバイブ音が響くと、全員の視線がそこに集まった。


「ごめんなさい。実家からでした」

「びっくりしたじゃないのよぉ」


 それはアシスタントの一人が受け取った実家からのメッセージだった。


 それから一時間が経過し、残り一時間となった。


 なんとも言えない緊張感の中、全員が自然と無言になる。

 特に夢叶は一分一秒ごとに心臓の音が大きくなっていっているように感じて、もしかしたらみんなに聞こえてしまうのではと思ってしまう程だった。


「夢叶ちゃん。落ち着いて。そんなに震えなくても大丈夫よ」


 それを察したノノカ先生はその手に自分の手を乗せた。


「ありがとうございます」


 さらに三十分経過。

 全員が耳に入る時計の音を一層大きく感じていた。

 未だに夢叶のスマホに着信が入る気配は無い。


「ノノカ先生。みなさん。私……もう駄目かも……」


 刻一刻と迫る期限。夢叶は不安に耐えきれず、ついに泣き出してしまった。

 それを優しく抱きしめるノノカ先生と見守るアシスタント達。


「まだよ。まだ時間はあるわ。諦めずに信じて待つのよ」


 待つことしか出来ない。

 励ましの言葉があっても結局はそれでしかない。

 声しかかけられない、そんな歯がゆさの中で一同はただ祈り続けた。


 終了まで残り十分。

 夢叶は今までの事を思い出していた。


 必死に漫画を描き続けた日々。

 両親に元気になってほしくて、そこからみんなにも元気になってほしくて漫画家になろうと決めた日のこと。

 この世界で必死に描き続けて作品を完成させたこと。

 ノノカ先生やみんなにたくさんアドバイスをもらったこと。

 その全てが夢叶の頭の中に流れていた。


 残り五分。

 夢叶はもしかしたら電源が切れているのではと何度もスマホを確認するも、しっかりと電源は入っていた。それは安心感と共に、それ以上に着信が無いことによる不安感を与えた。


 この時間まで電話が来ないとなると、結果は絶望的。

 それはもうここにいる誰もが察していた。

 全員が今までの夢叶の努力を知っているからこそ泣き出したり、悔しさを露わにしていた。

 しかし、ノノカ先生だけは目の光が消えていなかった。


「ノノカ先生は―……」


 その時だった。

 夢叶のスマホが鳴ったのだ。

 もう鳴らないと思っていたそれに全員の視線が一気に集まる。


 夢叶は冗談かと思って画面を見ると、そこには知らない番号が表示されていた。

 それから一度みんなを見てから最後にノノカ先生を見ると、ノノカ先生は一度、うんと頷いた。


 この電話がもしも違う人からだったら時間的にも結果の連絡は来ない。

 夢叶はそんな不安を抱きながらも震える手で電話に出た。

 そして全員がそれを祈るような目で見ていた。


「もしもし……」


 夢叶はこれ以上に無いくらいに祈った。

 この人が結果を届ける人であるようにと。

 全てが報われるようにと。


 そして少しの会話の後、


「ありがとう……ございます……」


 夢叶はその場で声を上げて泣き崩れた。

 それは夢叶のネーム部門受賞を知らせる電話だった。

 直後張り詰めた糸が切れ、この場にいる全員が顔をぐしゃぐしゃにして喜んだ。


「みんなぁ泣ぐんじゃないのぉ。信じでだごどじゃないぃ」

「そういうノノカ先生が一番泣いてるじゃないですか」

「私はいいのよぉ。夢叶ちゃんは……っ、夢叶ちゃんは……っ、私の可愛い可愛いアシスタント……っ、漫画家さんなんだからぁ!」


 みんなはまるで部屋が水浸しになるくらいに泣き、ただただ夢叶を祝い続けた。


「今日はめでたいわぁ。祝日っ! 祝日にしちゃうっ! みんなで飲むわよぉ!」


 ノノカ先生は冷蔵庫から酒や料理を出してはテーブルに広げた。


「ノノカ先生、時々散歩に行ってると思ったら準備してたんですか?」

「もちろん。今日は祝うぞってね」


 子供のように嬉しそうに準備をするノノカ先生を他のみんなも手伝い始める。


「俺、未成年ですから」

「大丈夫。ちゃんとノンアルコールもあるから。はい、これは坂田君の」


 突然インターホンが鳴った。するとノノカ先生が誰よりも早く出て行った。


「みんな、届いたわよぉ」


 それは大きなピザだった。

 箱を開けると香ばしいチーズの香りが部屋全体に広がり、緩みきった全員の鼻腔をくすぐった。


「ノノカ先生、もしかしてこれも? もし私が落ちたらどうするつもりだったんですか?」

「落ちるわけないよ。絶対に大丈夫。私は夢叶ちゃんの先生だもん。誰よりも信じてあげないでどうするのよ」


 その言葉に自分は心底幸せ者なんだなと思った夢叶。


「みんな。飲み物持ったわね? あ、夢叶ちゃんはこれ」


 渡されたグラスには何かの酒が注がれていた。


「これはね、私がまだアシスタントをしていた時に初めて賞を獲ってデビューが決まった時に当時の先生から貰ったお酒なんだよ。夢叶ちゃんのデビューが決まったらあげようと思ってて。お口に合うかな?」


 自分はまだ未成年なんで。夢叶はそう言いかけたが、この世界の自分は既に成人している事を思い出して口を閉じた。

 それになによりも、ノノカ先生の思い入れのある酒ということなので素直に受け取った。


 グラスに口を付けて一口飲むと、炭酸が弾けて口の中にはフルーティーな香りが広がった。

 夢叶の味覚は中学生のままだったものの決して飲みにくい味ではなかった。むしろとても美味しく感じていた。


「美味しいですけど、これは?」

「シャンパンっていうの。クリスマスとかに派手な包装紙に包まれてるあれよ」


 その子供用なら夢叶は一度だけスーパーで見た事があった。

 でも実際に飲んだことはなく、いつまでも高級なイメージしかなかったのである。


「結構高かったんじゃ……」

「頑張っちゃったっ」


 そんな良いものを貰っていいのだろうか。両親でさえも多分飲んだ事がないのに、私ばかりが贅沢をしていいのだろうかと思っていると


「もしこれを美味しいって感じたなら、今度は夢叶ちゃんの大切な人や将来アシスタントを持ってその子に良い事があった時に飲ませてあげるんだよ? きっとみんなが幸せな気持ちになるから」


 ノノカ先生もシャンパングラスに同じものを注ぐと、いよいよ祝宴が始まった。

 明日も仕事ということを忘れてみんなで喜びを分かちあっていると、そのまま夜が更けていった。

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