Day.3-11 命をかけた一作

「で……出来た……」


 夢叶ゆめかはアシスタント杯のネームを必死に描き直し続け、やっとペンを置いた。

 その声に自分の原稿作業中のノノカ先生がすぐに飛んできてチェックを開始した。


「うん。ページ数も大丈夫。クオリティも朝と比べて落ちてない。寧ろ上がってる。よく調整したわね。もしかしたら本当に受賞出来るかもよ?」


 ノノカ先生は嬉しそうな顔で夢叶の頭を撫でた。


「どう? 坂田君。これならいけると思わない?」


 ノノカ先生は作業中にも関わらず、坂田へネームを渡した。

 坂田は手を止めてそれを受け取ると、真剣な目で読み始めた。そして三回くらい読み終えると


「昨日の今日でここまでのものをあげてくるなんて、正直驚きました。きっといけると思います」

「坂田君のお墨付きだから、もう大丈夫よ」

「先生、あなたはプロでしょう。俺なんかよりも実力があるんですから、自分の気持ちだけで安心してください」

「だってぇ」

「夢叶さん。時間は?」


 夢叶とノノカ先生がその声に時計に目を向けると、〆切十分前を示していた。

 完成したネーム、イラスト、脚本をすぐさまスキャナーで取り込み、専用フォームへ添付。

 そして必要事項を記入してついに―


「終わった……」


 画面に表示された応募完了の文字を確認すると、一同は一気に気が抜けた。


「お疲れ様。最後に注意事項を読んでおいてね」


 夢叶はそこをクリックすると、応募後の流れと当選した場合についてが書いてあった。

 それによると、同日夜十八時から二十時までの間に受賞者にのみ電話にて連絡が入るという事、いかなる質問にも回答出来ない事や作品に不備があった場合、そして記入情報に虚偽があった際には応募を取り消すとの事が書いてあった。


「十八時から結果か……あと八時間。落ち着かないわねぇ」

「はい。でもやれることは全てやりました。皆さんのおかげで無事に応募が出来ました。ありがとうございました」


 これで自分の人生は決まるんだ。

 まさに命を懸けた一作。必死に取り組んだこの二日間は今までの中で最も充実していて、それでいて夢と一心に向き合った日だった


 自分には漫画家になる夢がある。だからここで死ぬわけにはいかないんだ。

 夢叶は役目への不安はあるものの、今は最後までやりきったという達成感に満ちていた。

 そして立ち上がろうとすると、視界が急に揺れてふらついた。


「おっと。危ない危ない。終わったんだから、少し寝たら? 時間になったら起こしてあげるよ」


 ノノカ先生の支えのお陰で倒れる事はなかった。


「いえ。そんな。ノノカ先生の原稿があるのでアシスタントをしないわけには……」

「それじゃ、ノノカ先生から頑張った夢叶ちゃんにご褒美あげちゃう。今日は有給休暇。それならいいでしょ?」

「ここに有給なんてあるんですか……?」

「無いよ。じゃノノカ先生休暇。という事だから、今はゆっくりと……夢叶ちゃん?」


 夢叶はノノカ先生に支えられながら意識は既に夢の中だった。


「お疲れ様。ゆっくりおやすみ」


 ノノカ先生はソファーに夢叶を寝かせて毛布をかけてあげた。


***


 夢叶は見慣れない場所に立っていた。

 消毒液の臭いが充満し、ピッ…ピッ…定期的な音が鳴っていた。

 そこのベッドには子供が眠っており、それを囲むように何人かの人がいた。


 夢叶は状況としてここが病院の一室であることを理解した。


「出来る事はしました。あとは目が覚めてくれるのを待つだけです」


 白衣を着た医師が言った。

 人々の先で呼吸器と点滴を打たれて眠っている子は


「夢叶。ごめんね。寒い中一人ぼっちにして。早く帰ってあげられなくて……ごめんね」


 現世の夢叶本人だった。

 そしてベッドの脇で手を握っているのは両親だった。


 夢叶は寒い中一人で漫画を描き続けていた。そして両親が帰った頃には既に息が浅くなっていたという。

 父は急いで病院に運び手当を受けさせたが、十分な食事が出来ていなかったことで免疫力が下がり、寒さによる末端部分の極度の低温で両脚は凍傷になってしまっていた。

 そして病院に到着した頃にはもう両脚の先から紫色に変色し始めていたのだ。


「ごめんね…ごめんね…… お父さんにお金が無いばかりに…足を……」


 夢叶が寝ているベッドには明らかに膨らみが足りなかった。

 凍傷による血液循環の悪化、加えて栄養失調による免疫力の低下により回復していくためには壊死してしまった両脚の膝から下を切断するしかなかったのだ。


 その事実を目の当たりにした夢叶は、ショックのあまり頭が真っ白になった。


「進藤さん。これを。娘さんが大事に持っていたものです」


 医師は一冊のノートを両親に渡した。

 運んだ時に必死だった父は夢叶がそれをずっと持っていた事に気が付かず、病院に着いた時に手から落ちたであろうそれを父が受け取った。


 そこには夢叶が意識を失う直前まで描いていた漫画やイラストがあった。

 描かれていたのは両親と夢叶が一緒にご飯を食べ、旅行に行き、温かい布団でみんなで眠るという何気ない幸せの時だった。


 そして最後には、みんなを笑顔にする漫画家になりたい。そう書いてあった。


 両親は泣きながら今なお眠り続ける夢叶を抱きしめ、目を覚ます事を願い続けた。

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