Day.2-9 救済
夜が明ける。
雲の向こうには太陽が昇り始め、時計の針はそろそろ始発が出る時間を示していた。
「一回帰ってシャワー浴びなきゃ……」
疲労、眠気、家族、会社と、由里子は心身共に限界だった。
それでも思う。
休むわけにはいかない。と
大好きな祖母についてあげられなかった後悔、去り際に見た両親の顔、そしてそうしてしまった自分の不甲斐なさがこみ上げる。
頑張らなければいけない。
おばあちゃんが目を覚ました時に笑顔でいるために。
今日こそは仕事をすぐに終わらせて、ずっとおばあちゃんの側にいるために。
由里子はふらふらとした足取りで会社を出ると、駅へ向けて歩き始めた。
再び出勤する時の為に電車の時刻を調べようとスマホを開く。すると何通かLINEが来ていた。
まずは内田課長からだった。
藤沼君と飲んでるわよ。
どうやら彼はやっと私の魅力に気が付いたみたい。
あなたに振り回されて厄介事になるのはたまったものじゃないって。
もう関わらない、関わるんじゃなかったって言ってたわ。
この後は私の中で眠りたいって。
これで彼は私のものよ。
あなたは会社で居場所が無いまま一人でいるのお似合いよ。
これは私の言う事を聞かなかった罰よ。
恨むなら馬鹿な自分を恨みなさい。
次は母からだった。
お母さんはあなたをそんな子に育てた覚えはないわ。
おばあちゃんが大変なのにそれを放っておいて仕事に行くなんて、寂しいを通り越して悔しいわ。
きっともうおばあちゃんはこのまま目を覚まさない。そんな気がするの。
おばあちゃんは由里子が体調を崩した時は寝ずに看病をして、辛そうな顔をしていたら凄く心配してどんな時でも話を聞いてくれたじゃない?
就職先が決まった時には泣いて喜んでくれたおばあちゃんを由里子は見捨てたのよ?
おばあちゃんだって、由里子に側にいてほしかったって思ってるに違いないよ。
そんな事も分からない酷い子は、もう私の子ではありません。
そんなに仕事が大切なら、ずっと仕事をしてなさい。
「ははは……もう何が正しいのか……」
その時、由里子の中で何かが崩れ落ちた。
ありのままの自分でいたことの罰なのだろうか?
そんなに私の行いはこの世界に忌み嫌われるものなのだろうか?
ありのままの自分でいいんだよ。
そう言ってくれたおばあちゃんを恨みたくない。
でも誰かを恨み、自分で自分を肯定しないととてもじゃないけど耐えられない。
由里子はそんな気持ちを必死に抑え込み、決してサチを憎悪しなかった。
しかしそれでも思ってしまうのだ。
誰でもいい。自分がした事を肯定してほしいと。
行き場の無いこの気持ちを救ってほしいと。
朝の静かな道を歩き続ける。
偶然すれ違った人が自分を見て笑った気がした。
由里子の耳には自分の事を嘲笑う人の声が入る。
だが周囲を見ても自分以外に誰もいなかった。
救ってくれる人なんてどこにも、誰もいない。
そう悟った由里子は、自らを何者からも、苦しいと思う自分からでさえも救済するためにその場所に立っていた。
まだ人通りのない踏切の中だ。
誰も、家族も、この世界ですらも自分を赦してくれないのなら、最期は自分が自分に許しを与えるしかないのだ。
遮断桿が一定のリズム音と共にゆっくりと降りていく。
それはまるでスローモーションを見ているかのようだった。
あぁ……昔は楽しかったなぁ……
お母さん、お父さん、おばあちゃん、おじいちゃん、友達みんな。
みんなと笑って過ごした毎日。あの人との幸せな毎日。
あの時の私は満たされていた。
どうしてこんな事になっちゃったのかなぁ……
由里子の頭に昔の映像がゆっくりと流れ始め、それが走馬灯なんだと気が付く。
電車が少し離れたところから踏切を確認すると、大きな警告音を鳴らして徐々に由里子へ迫っていった。
由里子が今動いたところで、電車がブレーキをかけたところでもう絶対に間に合わない。そんな所まで電車が迫った時
「私……やっと……」
由里子は微笑み、左目から一筋の涙を流した。
そして電車は轟音を上げて踏切を通過した。
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