Day.2-10 不思議な景色
「由里子ちゃん……由里子ちゃん……」
「……?」
由里子がどこからか聞こえたその声に目を開けると、そこは温かく優しい光に満たされた不思議な空間だった。
「私は……死んだの……?」
迫る電車。そしてその時踏切の中にいたことは覚えていた。
仰向けに寝転がっていた由里子が体を起こすと、その視線の先には
「おばあちゃん?」
サチが立っていた。
「どうしたの? 病院は? 体は大丈夫なの?」
サチは優しく微笑むと由里子に話始めた。
「今までごめんね。由里子ちゃんにはありのままの自分でいてほしかったの。でもそれがこんなにも苦しめてしまっていたなんて。由里子ちゃんが受けている苦しい事、毎日の辛い思い、それなのに大丈夫って言っておばあちゃんを安心させてくれていた事、何一つ気が付いて上げられなくてごめんね」
「何言ってるの? 私はおばあちゃんよりも仕事を優先したんだよ? ごめんじゃなくて怒ってよ。私は最低な子なんだよ?」
「なにを言ってるんだい? ずっと見てたよ。それは由里子ちゃんの意思じゃない。そうさせられただけでしょ? おばあちゃんは怒ってないよ。それに、由里子ちゃんは嫌な思いをしても決して逃げず、ありのままの自分と向き合っていたじゃないの。最後までおばあちゃんの事を心配してくれていたじゃないの。そんな立派な孫を責めるおばあちゃんがどこにいるの」
サチは由里子を優しく抱きしめ、優しく頭を撫でた。
今までしてあげたくても出来なかったそれを、今やっとしてあげられたのだ。
「おばあちゃん、私……」
「おばあちゃんは由里子ちゃんがこの先もありのままの自分で生きていける事を願っているよ。もしそれが認められなくても、おばあちゃんだけはずっと由里子ちゃんの味方だからね」
ありのままの自分で。
その言葉は自らを縛る鎖ではなく、自由に生きて幸せになってほしい。そんな意味が込められているのだと、由里子は優しいおばあちゃんからそう悟った。
そしてサチの体が徐々に透けていく。
それはその時が近い事を示していた。
「由里子ちゃん、ごめんね。そろそろおばあちゃんはいかなきゃいけないみたいなの」
「行くってどこに? おばあちゃんはどこにも行かないよね? この先もずっと私と一緒にいてくれるんだよね?」
「そうだね。おばあちゃんはこれからもずっと大好きな由里子ちゃんの側にいるよ。だから……」
何かを言っているようだったが、声が消えていき、そこには唇の動きだけが残った。
「なに? おばあちゃん。よく聞こえないよ?」
「―……」
サチは優しく微笑み、そして、ありがとう。と唇を動かすと光の中に消えていった。
***
「大丈夫かい? 怪我はないかい?」
「えっ……?」
由里子は気が付くと踏切の外で座っていた。
「驚いたよ。あんたが轢かれたかと思ったら凄い勢いでここに飛んできたんだから。本当に大丈夫かい?」
見知らぬおじさんが心配そうに何度も問いかけるが、由里子は頭の整理がつかなかった。
「あ、ありがとうございます。心配してくださって」
私は死んだはずじゃ……
由里子はおじさんの手を借りて立ち上がると、さっきの光景を思い出す。
夢……?
そう思っていると、かすかにサチの優しい匂いを感じた。
「おばあちゃん? もしかして……」
呆然と立っていると、スマホの通知が鳴った。
それを見た途端、意識が確かになった。
相良。昨日は助けに行けなくてすまん。内田課長に散々絡まれて、挙句の果てには家まで送らされたよ。
あいつから何か送られたかは知らんが、俺はその後自力で自宅に帰ったよ。
それで、疲れているところ悪いんだけど、今日はどうにか午前中だけ会社に顔を出してくれないか?
午後は俺の権限で休みにするから。
家族の事があるのは重々承知だけど、今日は会社で俺に時間をくれないか。
無理を言ってすまない。
藤沼からのLINEは由里子にとって不可解だったが、午前中だけと言うなら行く事にした。
スマホの画面に表示されている時刻を見ると、始業二時間前だった。
今から帰ってシャワーを浴びていたら絶対に間に合わない。
だからと言ってこのまま出社するわけにもいかないので、近くでシャワーが浴びれそうなところを探すと、運よく銭湯を発見したので駆け込んだ。
一睡もしていなかったが、それよりも時間を気にして急いで体を綺麗にしそこを出ると、まだ少しだけ時間があった。
そしてコンビニで朝食を買うと食べながら会社に向かった。
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