Day.2-6 個性という理解の壁

 由里子は少ししてデスクに戻ると、そこには山のように仕事が積んであった。

 陰鬱な気分のままそれを片付けていると、


「相良さん。その資料の中にこの資料があるから探してほしいって三浦さんが言ってたから取りに来たんだけど、いいかな?」

「あ、はい。大丈夫です」


 先輩の男性社員の一人が話しかけてきた。手に持っているメモの中の資料を渡すと彼は去っていった。

 するとまたしばらくして


「相良さん。今度は木下さんがこの資料を探してほしいって」


 こんな感じで男性社員伝いに女性社員の要望を聞くという事が度々続いた。

 それももう何度目か分からなくなると、流石に由里子は動いた。


「あの、私の資料で他に何かお探しのものはありますか?」


 と何度も聞いた名前の彼女らに直接話しかけに行った。


「ちょっ、近寄らないでよ。あなたと一緒にいると私までレズだって思われるんだから」


 明らかな嫌悪感を示した彼女らは目を合わさず言うと、その場から逃げるように立ち去ってしまった。

 そんな事を直接言われたことで頭が真っ白になってしまった由里子が自分のデスクに戻ろうと振り返った時、周囲の人達全員から顔を逸らされた気がした。

 これにはまるで自分に関わるなと言われたかのような大きなショックを受けざるをえなかった。

 それでも由里子は自分の仕事を再開すると、どこからかクスクスと笑う声が聞こえた。


「由里子ちゃん。まだ世の中は由里子ちゃんの個性を認めてくれていないんだね。私の言葉がこんなにも苦しめてしまうなんて……ごめんね……」


 実のところサチは由里子が昔からレズビアンだということに気が付いていた。

 学生の時から由里子には男友達こそいたが、誰一人としてそれ以上の関係にはならなかったのだ。

 それに中高生女子なら誰もが好きであろう人気男性アイドルにも一切興味を持たず、その代わりに女性アイドルへの関心や女友達とばかり関わっていた。


 そんなある日、サチは見てしまった。

 高校生になった由里子が同級生の女の子と手を繋ぎ、キスをしているところを。


 そしてその関係は長く続き、由里子が彼女をとして家に遊びに連れてきた時に聞こえた不自然なまでの物音すらもサチは気づいていないフリをし続けたのだ。


 もちろんこの事実を両親は知らない。サチだけが知っていた。

 由里子は決して誰にも気付かれないように細心の注意を払ってひた隠しにし続けていたのだから。


 このご時世、恋愛観に関しては男女の恋愛のみが普通という思想の人がほとんどだ。だが、由里子のような人も一定数はいる。

 未だこの国でのその認知度や理解は低く、それを由里子も知っているからこそ必死に隠していたのだ。


 祖母としてはもちろん複雑な気持ちだったけれど、大切な孫娘が好きになった人であり、それでも深い関係になってしまった二人を止めることなんて到底出来なかった。

 だからサチは由里子に『ありのままの自分でいいんだよ』と言い、陰からずっと見守り続けてきたのだ。

 そこでサチはふと自らの役目を思い出した。


「由里子ちゃんを見守り、危険が迫ったら助けてあげてほしい……ねぇ。今も十分に危険なのに私は何もしてあげられていないなんて。これじゃ地獄行きなのかねぇ。寂しいねぇ……」


 悲しい表情を浮かべるサチは気が付いていなかった。

 ついさっきボールペンが弾けとんだのは、実は自分の精神が激情したからだという事を。

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