Day.2-2 2人目の亡者

 レイカにより半ば引きずられながら部屋を出た繋希けいきは、急に止まった彼女に物申した。


「いきなり引っ張るなって。すぐそこなら歩いて行けるだろ」

「何言ってるのよ。ここは隠れ家から結構離れてるのよ」


 走った距離としては体感的に数十メートル程度。

 なのに、周囲はコンクリートの部屋ではなく荒れた荒野となっていた。


「どういうこと?」

「死神は自分が担当する魂の所には一瞬で移動出来るのよ」

「なら最初から走る必要はないだろ」

「こっちの方がこれから仕事に行くって感じがして、気持ちも切り替わるからいいのよ」


 そんな会話をしながらもレイカは周囲を見渡していた。


「いたわ」


 レイカが指差した先には1つの人影があった。

 それはよろよろと動き、岩に座ったのを確認すると2人はゆっくりと近づいて話しかけた。


「あらあら。こんなところでどうしたの? 道にでも迷ったのかい?」


 その人はおばあさんだった。

 彼女は優しく微笑むと、ポケットから飴を取り出して2人に渡した。


「私もね、気が付いたらここにいて、しばらく歩いてみたんだけど全然知らないところでね、どうしたもんかねって思ってたところだよ」

「そうなんですか。失礼ですが、お名前を聞いても?」

「私かい? 私は幸せって書いてサチっていうんだよ。君達は高校生かい?」

「いえ、私は高校生ではなく死神です。こっちは助手です」

「死神? あの死神かい? 冗談はやめとくれ。私はまだ死ぬわけにはいかないんだよ」


 当然だがサチは全く信じていないようだ。


「信じられない。そうですよね。でしたら……」

「ちょっと待った。こんなおばあちゃんに俺の時みたいに銃を撃つのは駄目だからな?」

「分かってるわよ。サチさん、あなたに起きた事をお話します」


 するとレイカはサチに事の経緯を説明した。

 それによると、サチの年齢は90歳。家で昼寝をしていたところ高齢ということもあってそのまま生死の境にいってしまったという。

 現世では娘家族に発見され病院のベッドで人口呼吸器を付けられて眠っている状態であり、目が覚めてくれるのをただ待つばかりであるとのこと。


「なるほどねぇ。歳は取りたくないねぇ。それで、私はこのまま死ぬのかい?」

「いえ、そうなるかどうかはあなた次第です」

「というと?」

「この世界には役目というものがあり、それを達成する事が出来れば現世へ戻れます。もしくは、現世での死を受け入れて天国へ行く事も出来ます。しかし、成し遂げられなければ地獄に行く事になります。当然現世では死という事になります」


 難しい顔をして聞くサチへ出来る限り分かりやすい言葉を使って説明をするレイカ。


「それで、私のその役目ってのはなんだい? 歳なだけあって難しいことは出来んがね」

「現世にお孫さんがいたでしょう?」

「あぁ、あの子はたった1人の孫娘で今年会社に入ったばかりでね。あの子を見てると会社で嫌な目に遭ってないかとか、事故に遭わないかとか心配で心配で。いつも体に気をつけなさいとか、何か嫌な事があっても、ありのままの自分でいいんだよって何回も言ってあげたんだよ」


 孫を思うサチは思いふけり、こんな時でも心底心配している様子だった。


「あなたの役目は、そのお孫さんを救うことです」

「救うって、孫はここにはいないんでしょう? どうやって?」


 確かにどうやって救うというのだろう。と繋希も首をかしげる。


「今からサチさんを幽霊として現世に戻します。そこでお孫さんを見守り、危険が迫ったら助けてあげてほしいのです。もちろん幽霊なので人からは見えませんし、余程の事が無い限り物にぶつかる事も、触れる事も出来ません」

「レイカ。そんな事が出来るのか?」

「役目には色んなものがあるのよ。現世という場所じゃなきゃ出来ないもの、私みたいに狭間の世界で行うもの。それによる各世界間の移動は死神権限で対象へ適用させる事が出来る。もちろん、それを行うには対象の意思を確かめなければならないわ。サチさん。どうしますか? あなたの役目、現世に戻って全うされますか?」


 サチが現世へ戻ったとしてもその体は幽霊。

 誰からも見えなければ、自分が話しかけても答えてくれることは無い。

 もちろんたった1人の孫娘であってもそれは同じだ。


 今さっき、この死の淵でまだ死ねないと言ったサチは孫娘にもう一度会えたら間違いなく嬉しいだろう。

 しかし向こうからは認知されず、また、もしも病室の自分の姿を見る事になったらきっとショックを受けるだろう。

 それを含め、レイカはサチへ真っ直ぐと問うのだった。


「……やるよ。私が孫を、由里子ちゃんを助けられるなら」

「分かりました。では、サチさん。これからあなたを現世へ送ります。役目の期限は3日後。それまでにお孫さん、由里子さんを救ってあげて下さい」


 そう言うとレイカの頭上に美しい木目の入った木の門が現れて開錠されると、そこにサチが吸い込まれていった。


「気になったんだけど、サチさんの役目が3日間なら、その間俺らは何もせずに待っているのか? もしそうなら俺の魂の残量もその分減るんじゃ……」

「そんな事ないわよ。向こうとこっちでは時の流れ方が違うの。役目による現世の3日間は狭間の世界では大体数時間よ。だから、私達は私達で何か他の事をしている間にその魂が戻ってくる。だから安心なさい」


 安心した繋希は、次にさっきから気になっていたレイカの様子について尋ねた。

 実はサチを役目に送り出す少し前からレイカに元気が無いのだ。


「さっきから浮かない顔をしてるように見えるけど、どうしたんだ?」

「……90歳のおばあちゃんが仮に役目を達成出来たとして、無事に生還出来るのかなって思ってね。生還してももしかしたら……」


 なんでもないわ。

 そう言うとレイカは隠れ家へ向けて歩き始めたので、繋希もそれを追った。

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