Day.2

Day.2-1 一夜明けて

 行く場所の無い繋希けいきはそのままレイカの隠れ家で世話になることになった。


 コンクリートで囲まれた簡素な部屋。

 とは言ってもここが荒廃した地ということもあり、まるで取り壊し寸前の廃ビルの中のような状態でベッドと呼べるものはもちろん無い。

 かろうじてあるのは椅子のような何かの塊と大きめの木の板だけだ。

 どこかで横になるにはそれらを集めて場所を作らなければならない。


 昨日あれから繋希がここを案内された時は、寝るならそこで寝なさいとタンスのような大きな家具を横にした場所を指差されたので仕方なくそこで寝た。

 レイカはというと、繋希とは別の部屋で眠った。


「痛って……」


 そんな繋希の目覚めは最悪だった。

 体の痛みと、枕が無かったせいで首も寝違えてしまっていた。


 不快な音が鳴る体を起こすと、外がざわついている事に気が付いた。

 窓、というかガラスがはめ込まれていたであろう穴から外を見ると、何人かの人が歩き回っていた


「起きたのね」


 繋希は後ろからの声に振り向くと、目を腫らしたレイカが立っていた。


「あまりじろじろ見ないでくれる?」


 昨日と変わらず高校生の制服を着ており、スカートを靡かせながら繋希の横に立つ。


「あの人達は今日この世界に来た亡者達よ。これから彼ら彼女らは私のような死神と会って、役目と魂の残量という名の期限を教えられる。そしてその達成の為に動き始めるのよ」

「私のようなって事は、レイカ以外にも死神がいるのか?」

「もちろん。1人でやってたら手が回らないし、それこそ過労死するわよ、あっ、死神だから過労死もなにもなかったんだったわ」


 そんな冗談を言えているところを見ると、どうやら昨日の事は引きずっていないようだ。なので繋希も普通に接することが出来ると思い、変な緊張がほぐれた。


「なんか組織みたいだな。先輩だとか、それこそまとめ役みたいなのもいるのか?」

「ええ。私達のトップはタナトスと呼ばれていて、いわゆる死神の長よ。タナトスの役目は亡者の魂を裁くことではなく、私達死神を裁くこと。死神の役目を終えた者を然るべき場所に送るのよ。それで死神の身を浄化すると共にその任を解く事が出来る唯一の存在よ」

「浄化?」

「ええ。死神は多くの魂を裁くから、彼らの怨念や未練、執念とかの色んなものを無意識のうちに体に蓄積させてしまうの。ましてや、地獄行きをすんなり受け入れずに呪いの言葉を吐く者もいて、その時に向けられる念は凄まじいものなのよ。タナトスはそれらを浄化して、死神の行き先が天国とか現世だった場合には念による妨害を受けないようにしてくれてるのよ」

「なるほど」


 地獄行き。

 その言葉を聞いて昨日の叔父さんの事を思い出した繋希は、あんなふうに受け入れる方が珍しいのかもしれないと思ったのだった。


「ちなみに、私達には先輩後輩の括りは無いわ。その代わりに死神同士であればその死神が今まで何人の魂を送ってきたのか、役目達成まで残り何人なのか分かるようになってるの。それで暗黙の了解みたいなもので目標達成までの人数が少なければ少ないほど敬われる対象になるのよ。まぁ、その人数は繋希君には分からないんだけどね」

「そうか。ちなみにレイカはあと何人で達成なんだ?」

「まぁ、知ったところでどうとなるわけでもないし。いいわ。私は残り6人で達成よ。だから私は今まで994人の魂を送ってきたことになるのよ。敬いなさい」


 ふと繋希は思った。

 その中に一体何人の理不尽な結果や人生があったのだろうかを。

 何度情をかけようと思い、それでも死神の役目の下で結果に従っては引き金を引き続けてきたかを。

 彼らの命乞いや罵声を浴びては何度感情を殺してきたのかを。


 繋希はレイカの今までの辛さや歯がゆさに対し、今までよく頑張ってきたなどという一言のみで労い敬うのはあまりにも軽率ではないかと感じて


「すまなかった」


 と謝罪の言葉を発した。


「いきなりなによ。何も悪い事してないじゃない」

「いや、昨日俺はレイカに、人の心はないのかと言っちゃっただろ? そんな数の魂を送っていたら人の心を持っていればいるほど辛くなるだろうし、もしかしたら今まで何度も人の心を捨てようとしては捨てられず、どうにか今は心なんて無いふりをして彼らを撃っているんじゃないかって思うと、昨日の俺の言葉は軽率だったなって」


 繋希はレイカの目をまっすぐ見てそう言うと、しばらく合っていた2人の目がレイカによって反らされる。


「分かったふりしちゃって。私に人の心なんて無いのよ。でも、そんな事を言う人は初めてよ。謝罪に対してではなく、繋希君のその気持ちは嬉しいわ。だから……ありがとう」


 レイカは頬を赤く染め、それがばれないように外の方を見ていた。


 人の心なんてない、か。

 レイカは叔父さんを地獄へ送った後泣いていた。

 それは紛れもない人の心だったのではないだろうか。


 繋希はそう思いつつも何も言わなかった。


「……来たわね」

「えっ、何が?」


 すると、レイカは突然繋希の腕を掴むと引きずるようにして部屋を出た。

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