Day.1-4 死神の役目

 2人が再び姿を現した場所は別の場所だった。

 目線の先にはさっきは無かった大木と砂利が広がる地面があった。

 繋希けいきは瞬き程の時間で見ている景色が変わったので頭の整理が追い付かない。


「期限よ」


 繋希はレイカの声を聞くと、隣に立っている事に気が付いた。

 レイカを見ると、その目は下に向けられていてそこには膝を付いて座る男がいた。

 彼はスーツを着たどこにでもいる普通のサラリーマンのようだった。

 しかし、繋希にはその男に見覚えがあった。


「叔父さん……?」

「繋希君なのか……?」


 顔を上げた彼は紛れもなく数日前に大怪我で病院に運ばれた繋希の叔父だった。


「どうしてここに?」

「繋希君の叔父、西園にしぞの卓也たくやさんは現世で奥さんに不倫され、その厄介払いとして包丁で刺されたのよ。その場所が悪かったみたいで、今は病院のベッドで意識不明の重体。ここに来たのは少し前。それで今が彼の役目の期限よ」


 レイカがそう言うと、己の得物である漆黒の銃を卓也に向けた。


「ま、待ってくれ。僕にはまだやらなきゃいけないことがあるんだ。息子や妻の事だってまだ……。繋希君。君からも何か言ってくれないか?」


 卓也は必死の目で繋希を見上げ、それを見た繋希は彼の役目が失敗した事を悟った。


「レイカ。叔父さんは俺が小さかった時から面倒を見てくれた家族なんだ。落ち込んだ時、先が見えなくなった時、どんな時も俺の事を励ましてくれた大事な人なんだ」

「……だから何?」

「えっ?」


 叔父を助ける為に2人の間に割って入ったが、レイカはその訴えに耳を傾けなかった。いや、聞いていながらもただ冷たく繋希を見た。


「だから、叔父さんを……」

「助けてほしいって? さっき言ったはずよ。私は死神。亡者の役目の結果でのみ魂を裁く者。そこに情なんてないわ。ただ淡々とやるだけ。だからそこをどきなさい。今度は胸を撃って死ぬほどの痛みを与えるわよ?」


 レイカの目は本気だった。そこに一切の迷いが無い。

 でもだってと繋希は交渉するが、感情が揺らいでいる様子は一切みられなかった。

 そしてその人差し指が引き金に乗せられる。


「ちなみに叔父さんの行き先はどうなるんだ?」

「役目を果たせなかった魂は地獄行きよ。当然の結果ね」


 その時繋希は背後に異様な気配を感じた。

 振り返ると、卓也の後ろに禍々しい妖気を放った暗黒の扉が出現していた。


「あ、あんまりだろ。あっちで酷い事があって死にそうになってて、こっちでは役目を果たせなかったから地獄行きって、叔父さんは何も悪い事をしていないのに。なのに現世では奥さんと間男が2人仲良くってか? そんなのってねぇよ。死神には人間だった頃の心ってのがねぇのかよ!?」


 繋希はその理不尽さに怒りを露わにし、レイカを睨みつける。

 だが彼女にも死神の役目がある。

 それ故に譲ることは無かった。


「そんなもの、とうの昔に捨てたわよ。一体何人の魂をこの銃で撃ってきたか。役目を達成出来なかった者達は皆縋りながら命乞いをしてきたわよ。理不尽な役目を背負った者、現世で生きたいと願い、延命の限りを尽くしてもそれが叶わなかった者。これよりもとてもとても可哀そうな人達をたくさん見てきた。もし役目を達成出来なくても、せめて天国へ送ってあげたいと何度も思ったわ。でも私は死神だから。死神の役目を背負う者だから。ルールの下、決断を違える事は絶対にあってはならない! だから私はッ!」


 レイカは次第に感情的な口調になり、この閑静な地にその声を響かせた。

 そして一瞬うつむくとすぐに顔を上げた。


「たとえ誰であっても、それが繋希君の大切な人でも私は死神の役目を全うしなければならない! 繋希君。これが最後よ。そこをどいて? どきなさいッ!」


 レイカの目には涙が溜まり、銃を握る手には力がこもる。

 それでも繋希はただ懇願を繰り返した。


「頼む。叔父さんを救ってくれ。俺は撃たれてもいいから。頼むよ」


 レイカは鋭く冷たい目で繋希を見る。


「……繋希君。もういいよ。ありがとう……」


 すると卓也が立ち上がり、覚悟を決めた顔でレイカの前に立った。


「繋希君。最期に僕に優しくしてくれてありがとう。どうやら僕は自分の運命を受け入れなきゃいけないみたいだ。君の叔父として過ごした楽しかった日々、妻と結婚出来て幸せだった日々、最後にはあんなことになっちゃったけど、それもこれも僕の運命だったんだ。あっちで生きる為の最後のチャンスを掴めなかった今、過去がどうであっても今を受け入れなきゃいけない」


 卓也はレイカをまっすぐ見た。


「最後のチャンスをくれてありがとう。図々しいと思うけど、最後に1つだけお願いをしたい」

「……」

「もし妻がここに来て君が会えたら、僕は最後まで君を愛していたと伝えてほしい。たとえ僕と妻との行先が違っても、それを伝えてくれるのなら僕にはもう思い遺すことは無いから」

「分かった。必ず伝えるわ」


 そして卓也は繋希の方に顔を向けて一度だけ穏やかに微笑んだ。


「いいわね?」


 卓也は頷くと、この場所に一発の銃声が響いた。

 そして彼の体は小さな光の玉となり、その背後で開かれた暗黒の門の中へと消えていった。

 この空間から西園卓也という存在が消えると、辺りは空虚にしんとした。

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