第17話

「お待たせ、早いね」

 約束の時間まではまだ十分もあるのに、すでに待ち合わせ場所に秀吾は到着していた。

「うん、行こうか」 

 今日はお店の場所も名前も知らされていないから、私は秀吾の後をついて歩く。

 結構名の知れたイタリアンレストラン、その個室に案内されたのだが。

 そこにはすでに二人の人がいて、部屋を間違えたのかと思ったのだが。

「えっと、秀吾?」

「こっち、俺の両親」

「はい? あ、宇佐見京香と申します」

 一応挨拶はしたが、どういうこと?

「やあどうも、どうぞかけてくださいね」

 秀吾のお父さんが椅子を勧めてくれた。

「ちょっとどういうことなの?」

 小声で秀吾を問いただせば「サプライズ」なんて言う。

「京香さん、誕生日なんですって? 今日は遠慮せず食べてね」

 お母さんもニコニコしている。

「ありがとうございます」


 食事はコースで出てくる。

「京香さん、アルコールは?」

「いえ、大丈夫です」

 そんな気分じゃないし、飲める雰囲気でもないだろう。

「デザートは選べるんですって、誕生日だからやっぱりケーキが良いかしら?」

「あぁはい、それでお願いします」

 美味しそうではあるけれど、甘くて胸焼けしそうな写真を見つめる。

 料理は一品ずつ運ばれてくる。

「式は早い方がいいわよね」

「いや、じっくり選んだ方がいいんじゃないか」

「でも子供は早く作った方が絶対いいわよ、体力要るもの」

「籍だけ入れとけばいいじゃないか」

 当の私たちを置いてけぼりにして両親は盛り上がっている。

 曖昧な相槌を打ってやり過ごしていた。隣の秀吾も同じように「あぁ」とか「まぁ」とか言っていて、だんだん胃がムカムカしてきた。



「おい大丈夫か、京香。なんか顔色悪いぞ」

「ちょっと気分が悪い、お手洗い行ってきます」

「あらあら大丈夫かしら、もしかしてつわり?」

「えっ」

「えっ、違っ」

 お母さんの一言で、みんなが私に注目して若干パニックになる。

 秀吾までそんな風に見ないでよ。

「違います、ちょっと体調が悪いだけなんで」

 早口で言って、トイレへ駆け込んだ。

 きちんと生理は来ているから、それはない。だけど、そう思われるってだけで吐き気がする。

 やっぱり無理だ。


「ごめんなさい、体調がすぐれないので今日は帰ります」

 そう言って、バッグを持って部屋を出た。

「京香、待てよ。送ってくよ」

「いい、秀吾はご両親の相手しないと」

「でも」

「タクシーで帰るから」

「なぁ、怒ってるのか?」

「怒ってないよ、呆れてるだけ」

「なんで?」

「普通、何も言わずにいきなり親に合わせる?」

「うちの親は気にしないよ」

「そうじゃなくて」

「結婚の話、進めたかったんじゃないの?」

「もしそうだとしても……私まだプロポーズされてないよ?」

「え、いまさら?」

 言葉を失った。

 結婚を前提としているカップルは、プロポーズせずに結婚の話を進めるのが普通なのか? 私が間違っているのか?

 もういい、一刻も早く帰りたい。

「じゃあね」

 お店を出てタクシーを捕まえる。


 運転手さんに伝えた目的地は、なぜか真紘さんのマンションだった。

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