第7話 大御所俳優

それから僕は、毎日走馬灯シネマに出勤した。

北野さんは、走馬灯シネマのルールや支配人としての仕事を全て教えてくれた。


2週間が経つ頃には、地図を見ないでも走馬灯シネマにたどり着けるようになっていた。

だけどその頃から、北野さんはあまり来なくなった。養成所の卒業公演が近いらしい。

なので僕は、ほぼワンオペで支配人の仕事をこなしていた。1人なのは気楽だったけど、警察が来たらどうしようということは常に頭の片隅にあった。







走馬灯シネマでは、1番最初の上映が10時からなので、9時には出勤し裏口の扉から入る。ちなみに裏口の扉の暗証番号は、円周率の始めの13桁を逆から入力すると解錠できる。始めは覚えらなくて毎回調べていたけど、今は無で入力することができる。


上映する走馬灯を確認して上映スケジュールに表示し、スクリーンの点検をして上映の準備をする。

上映時間の30分前に入口の鍵を開けて、"OHOH シネマズ"の表札を出す。お客さんを待ち、来た人に合言葉を確認して中に通す。

上映時間になったら、入口の"OHOHシネマズ"の表札を外してから、走馬灯を上映する。

上映後はスクリーンの出口でご意見箱を持ちチケット代を入れてもらう。

全てのお客さんが帰ったら、スクリーンの清掃や次に上映する走馬灯の準備などをする。

1日5本の走馬灯を上映するので、これを5回繰り返す。

全ての上映が終わると、売上の確認や明日上映する走馬灯の確認、スクリーンの清掃やトイレ掃除などをして退勤する。

最後の上映が20時20分に終わるので、その後にこれらの作業をすると早くて9時半には退勤することができるが、そんな時間に帰れたことはない。なぜなら走馬灯の編集をしなければならないからだ。上映と上映の合間は意外と忙しくて、あまり編集の作業は進まない。そうなると必然的に朝早く出勤するか残業するしかないのだ。

北野さんが、この状態で養成所と掛け持ちしていたなんて信じられない。確かにこれだけ多忙だったら、ネタを書いたりする時間が取れないだろうから支配人を辞めるのだろう。






今日1番最初に編集したのは、着ぐるみの中身をしていたんだろうなという人の走馬灯だった。結構現実的だったので一応R15にした。

我ながら、かなりこのおかしな世界に適応してきたなと思う。

たまに殺人をしたのだろうという人の走馬灯もあって、かなり残酷だがモザイクを濃いめにかけてR18と注意書きをして上映している。

最初はこんなところに未成年が来るわけないだろうと、年齢制限の意味があるのかと思ったけど、意外にも走馬灯シネマの年齢層は広い。さすがに小学生はたぶんいないけど、きっと中学生だろうなという人は見たことがある。子供が走馬灯シネマのことをおそらく口外していないことにも驚くけど、どうやって走馬灯シネマの存在を知るのかも気になる。一見さんお断りシステムの割には、毎日色んな人を見るので、走馬灯シネマのことを知っている人は案外多いのかもしれない。







たまには、自分の知っている人の走馬灯も見てみたいなと思う。だけど、走馬灯を選ぶ時は年月日と名前しか分からず、数も大量なので特定の走馬灯を探すのは不可能に近い。しかも一度見てしまった走馬灯は、必ず編集して上映しないといけないので、中身を見てから変えるということができない。つまり1日5本の走馬灯を上映するので、チャンスは1日5回。もしくは特定の走馬灯に巡り会うまで走馬灯の編集をし続けるかの2択。しかもここにあるパソコンは、どこのパソコンなのか誰が作ったソフトなのか知らないが、検索機能がないのでスクロールして探すしかないのだ。


僕は2018年8月4日に亡くなったおじいちゃんの走馬灯を探していた。やっと見つけたと思ってもおじいちゃんと同姓同名の人だったり、名前だけでなんとなく気になった走馬灯を開いては編集したりしていたので、最近は2010年8月4日の走馬灯ばかり上映していた。北野さんにバレたら怒られそうだなと思いながらも、ここまできたら意地になってしまい、絶対におじいちゃんの走馬灯を見つけようとしていた。




おじいちゃんの走馬灯を探して数日が経ち、2010年の走馬灯ばかり編集が終わった状態で溜まっていた。とにかく走馬灯の数が多すぎて、スクロールをしてもしてもおじいちゃんの名前は出てこない。せめて名前の順に並んでいたらいいのに。そう思いながらスクロールしていると、上映30分前になっていて慌てて入口へ向かった。


入口の前に、いかにもお金持ちという感じのおじいさんがいて、開くまで待っていたようだった。


「すみません、お待たせしました」


おじいさんは大御所俳優みたいにゆっくりと入ってきた。


「合言葉をお願いします」


「さかさクラゲ」


「ありがとうございます。どうぞお入りください」


「君は...支配人?」


おじいさんは大御所俳優みたいに溜めて聞いてきた。


「あ、そうです。最近なったばっかりで」


「ちょっと...気になることが...あるんだけどね」


すごい溜めるな。大御所俳優でもさすがにここまでは溜めないと思う。


「最近...ちょっと...2010年ばかりね...上映されてるなあと...思ってね。何か...理由でも...あるのかな?」


早送りしたいなあ。ていうか、ついに言われてしまった。私情で上映している走馬灯に偏りがあることは言いにくい。


「ええと、2010年は亡くなられた方が多くてですね、その分数も多いので2010年の上映が多くなっていますね」


「怒ってるんじゃあ...ないから。正直に...言ってごらん」


やっぱり僕は嘘をつくと顔に出るようだ。


「すみません。2010年に亡くなった祖父の走馬灯を探していて...」


するとおじいさんが笑いだした。


「2年ぐらい前にも...こんなことが...あったんだけどね...その時の支配人も...同じようなこと言ってたよ」


2年前って、北野さんが支配人の時代なのかな。


「その支配人ってタバコ顔ですか?」


「そうそう...ものすごくタバコ顔の子。妹の走馬灯を探してるって...言ってたよ」


やっぱり北野さんだ。妹の走馬灯を探していたってことは、妹さんを亡くしているのだろうか。


「私もね...妻の走馬灯をね...探してるんだよ。2019年に亡くなってね...看取ってやれなかったから...最期にどんな景色を見たのか...知りたいなって」


早送りしたいぐらい大御所俳優みたいに溜めて話すおじいさんの言葉に、ハッとされられた。

僕は、走馬灯シネマを非合法のふざけた映画館だと思っていた。でも、お客さんの中には自分の大切な人が最期に見た景色である走馬灯を、観たくて来てる人もいると気づいた。

北野さんも、走馬灯シネマで色んな人の走馬灯を見ていくうちに、今の僕みたいに身近な人の走馬灯を見たくなったのだろう。北野さんは妹さんの走馬灯を見ることはできたのかな。




それから僕は、絶妙に2010年の走馬灯を多めに上映しながら、おじいちゃんの走馬灯を探した。

北野さんは忙しいのか、全く来なくなってしまった。

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