第8話 養成所

本日3回目の上映の30分前になったので、入口へ向かった。

その時、目に入った光景に心臓が大きく跳ねた。警察だ。入口の前に警察官が2人立っている。見るからに警察だ。こちらを見ている。

僕はさりげなく館内へ戻り、避難訓練を思い出しながら瞬時に上映スケジュールを手動のレバーで変更した。

そしてもう一度入口へ向かいながら、頭をフル回転させた。ここで変に止めても怪しい。一旦入口で合言葉を確認してみよう。そもそも合言葉を知らなかったら追い返せるんだし。


「合言葉をお願いします」


「さかさクラゲ」


「...どうぞお入りください」


まあ合言葉なんて分かった上で来るよな。合言葉が合っているのに、追い返すことはできないから入れてしまった。

この場合はどうすればいいんだっけ。

僕はこの時ちょっとだけ、避難訓練を真面目にやらなかったことを後悔した。いざ本当にその状況になると頭が真っ白になる。

スクリーンに入られたら終わりだ。他のお客さんもいるのに普通の映画を上映することはできない。というか普通の映画なんてここには無い。

僕はスクリーンに向かって歩く2人の警察官を引き止めた。


「あの!...警察の方ですか?」


心臓が早く動いている。走ったのもあるけど、なんとなく歴史がありそうで日本最後の走馬灯シネマであるここを僕の手で終わらせてしまうのではないかという恐怖もあった。というかほぼそれだ。

2人の警察官は鋭い眼光でこちらを見ている。


「違いますよ」


「えっ..?」


「警察じゃないですよ」


「でも制服...」


「これ私服です」


警察がいたら、悪いことをしてなくてもなぜかちょっとドキドキするあの感じを、味わわせる側になりたくて着てるのかな。


「なるほど。本当に警察の方ではないんですよね?」


「はい、警察官ではないです」


僕はてっきり、走馬灯シネマに来るのは常連さんか警察の2択だと思っていた。だけど違うかったみたいだ。常連さんか警察官か私服が警察な一般人の3択なようだ。

これ以上聞くのは失礼かなと思って、スクリーンに通してしまった。

一応北野さんに報告しようと思い携帯を取り出した時、北野さんの連絡先を知らないことに気づいた。

僕は避難訓練でもやらなかった、常連さんでも警察官でもない、私服が警察な一般人の登場に混乱と不安しかなく、一刻も早く北野さんに報告したかった。

僕は、本日3回目の上映が終わったあと北野さんが通う養成所まで行くことにした。






北野さんが通っている養成所を調べると、電車に乗らなければいけないことが分かり、やや億劫になったが走馬灯シネマを終わらせるわけにはいかないので向かうことにした。


養成所の最寄り駅に着き、地図アプリの目的地に養成所の名前を入力すると徒歩8分。ということは方向音痴の僕なら徒歩20分といったところだろう。最近は自分が方向音痴であることの自覚が出てきた。


案の定23分ほどかかって養成所に到着した。

だけどここで気づいた。今日授業があるかどうかを知らない。授業があるとしてもいつ出てくるか分からない。何も考えずにとりあえず来てしまい、今さら冷静になった。北野さんが出てくるまで待ち伏せしてもいいけど、なんせ僕は多忙な走馬灯シネマの支配人だ。次の上映までに戻らなければいけない。方向音痴なせいで、徒歩8分の距離に23分も使ってしまったため時間がない。次の電車には乗らないと本日4回目の上映に間に合わなそうだ。

仕方ないので一旦走馬灯シネマに戻ることにした。4回目の上映のあとは今より少し時間があるので次は待ち伏せできそうだ。






本日4回目の上映を終えて、スクリーンの清掃や次に上映する走馬灯の準備を済ませると、僕は急いで電車に乗った。ここまではいいのだが、駅から養成所までの道のりで時間がかかる。1秒でも長く待ち伏せするには、迷わずに行くことが必須だ。僕は電車の中で、数時間前に見た景色を脳内で思い出しながら地図と照らし合わせてシュミレーションした。


養成所の最寄り駅に着き、地図アプリ上に引かれた青い道の通りに進んだ。でも、さっきはこんな道を通っていない気がする。

僕は地図アプリの青い道を無視してさっき見た景色を頼りに足を進めた。




案の定迷子になった。言い訳ならたくさん言えるけど、とにかく今は時間との勝負なので大人しく地図アプリの示す青い道の通りに行くことにした。


結局養成所にたどり着くまで、トータルで35分もかかってしまった。まあ到着することはできたので上出来だ。

とりあえず、養成所の前をただ通るふりをして中を凝視するというのを5回ぐらいした。中に入る勇気はない。

そもそも人があまり出入りしないので、待ち合わせを装って待ち伏せすることにした。


「もうコンビ組んでる?」


急に話しかけられたので、びっくりして肩が大きく跳ねた。

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