第5話 手相占い

バイトで現実味をこれでもかと味わった僕は、走馬灯シネマが夢だったのではないかと思い始めていた。

だけど、正直働きたくなさすぎてもはや夢であってほしい。いや転職先が無くなるのは困るから夢であってほしくはないんだけど。

大学を辞めた時、同時にホームセンターでのバイトも辞めた。ニートはその時以来だから、4年ぶりだ。

なんか走馬灯シネマの支配人って忙しそうな感じだったし、こんなにのんびりできる時はもう無いかもしれないと思うと、もう少しニートを満喫したい。

北野さんと連絡先は交換していないので、催促されることもないだろうし、気が向くまでニートを満喫して飽きたら走馬灯シネマに行こう。

そう思ったけど、あの日北野さんが「飛ぶなよ〜」と言ってきたのを思い出した。僕だって飛びたい気持ちは山々だけど、そもそも就活が嫌で走馬灯シネマの支配人になることにしたのに内定を蹴るわけにはいかない。しかも、僕が来るのが遅いからと新しい次期支配人を見つけて引き継ぎまで終わってたりなんかしたら、と最悪の事態を考えて3日だけニートを満喫して出勤することに決めた。




ニート生活3日目の夜に、明日行きたくないという気持ちで心臓が圧迫されるような症状が出たので、ニート生活は4日してしまった。


バイトを辞めてから今日で5日目。さすがに今日行かないと一生行けないような気がして、とりあえず着替えて外に出た。


それから僕は気づいた。走馬灯シネマの場所が分からない。初めて走馬灯シネマを見つけたあの日は、映画館の別館にたどり着けなくてたまたま見つけたのだ。それならあの日と同じことをすれば、走馬灯シネマにたどり着けそうだ。


まず駅から映画館の本館へ行き、そこで地図アプリの目的地に映画館の別館を入力した。徒歩5分。こう見るとなぜあの日たどり着けなかったのかと不思議に思うほど簡単な経路だ。地図アプリ上で青く引かれた線の上を歩いていくと、簡単に別館にたどり着いてしまった。あの日は、上映時間が迫っていて焦っていたからたどり着けなかったのだろう。徒歩5分の道くらい方向音痴の僕でもさすがにたどり着ける。

だけど今日の目的地は走馬灯シネマだ。ダメ元で目的地に『走馬灯シネマ』と入力した。


"一致する検索結果は見つかりませんでした"


まあそりゃそうなんだけど。あの日の記憶を呼び起こしながらどうしようかと考えていると、走馬灯シネマが通称であることを思い出した。そうだ、怪しすぎる表札があったではないか。

目的地に『OHOHシネマズ』と入力した。


"一致する検索結果は見つかりませんでした"


分かっていた。分かっていて検索したのだ。走馬灯シネマを見つけた時、地図アプリ上では建物自体は載っていたけど、名前は載っていなかった。

どうしよう。もう飛ぼうかな。普通に就活して普通に就職して普通に生活できたらそれでいい。この普通っていうのが1番難しいんだけど。とりあえず動いてみようと思い、別館の周りを歩いてみた。それっぽい路地裏を見つけては、入ってみたけど走馬灯シネマは見つからない。もう足も疲れたし、次の路地裏になければもう帰ろう。飛んでやろう。そう思って一際暗い路地裏に入った。

少し歩いたところで後ろから声をかけられて、心臓が跳ねた。


「占いしていかない?」


偏見だけど占い師っぽくない見た目の人だ。返答に迷っている僕にその人は続けた。


「もちろんタダだよ。見習い占い師の練習台やってあげてほしいの。見習いだけど腕は確かだよ」


そう言いながら腕を掴まれた。すごい力だ。でもタダなら占ってもらおうかな。仕事のこととか僕のこれからの人生について教えてもらいたい。


「じゃあお願いします」


「ありがとね。部屋こっちだから行こう」


掴まれたままの腕をぼーっと見ながら着いて行った。




着いたのは雑居ビルの中にある無機質な灰色の部屋で、占いっぽくない雰囲気だ。パーテーションで仕切られていて見えないが、他にもお客さんがいるようで、会話の内容までは分からないけど話し声が聞こえる。

言われた場所に座るとさっきの人と違う人が机を挟んで前に座った。優しそうだけどこの人も全然占い師っぽくない。


「じゃあ占いを始めさせていただきます。手相見ますので手を見せてもらってもいいですか?」


言われるがままに手の平を出すと、少し大袈裟に驚いたような表情をされた。そんなに良くない手相だったのかな。


「これは...今までご苦労されたんじゃないですか?」


「いや...そんなにですけど...」


「本当に大変だった方はそうやって仰るんですよ」


そう言うと水晶玉を取り出した。めっちゃ占い師っぽい。水晶玉に手をかざしながら何やら呟いている。


「あなたの手相を見るに、これまでかなりご苦労されています。そしてそのせいでかなり運気が、はっきり申し上げますと、悪いです。とてつもなく。このままではさらにご苦労を重ねることになります」


「え...どうすればいいんですか?」


「こちらの水晶に毎日触れると、徐々に悪い運気を吸い取ってくれます。2つあれば両手同時に水晶に触れることができるので大変良いのですが、まずは1つでも無いよりは絶対に良いと思います」


水晶に触れるだけで悪い運気を吸い取ってくれるなんてすごい。


「あ、じゃあ毎日来ます」


「それは大変ではありませんか?是非ご自宅に置かれるのが良いかと思いますよ」


「じゃあそうします」


「ありがとうございます。では水晶2つで20万円になります」


貰えると思っていたので驚いた。そしてこれは、キャッチセールスかもしれないとこの時気づいた。


「え...っと、今手持ちが無いので、また今度にします」


「では分割払いにしますか?」


「いや、一旦考えてまた来ます」


「では後払いで結構ですのでこちらにサインをお願いします」


これにサインしたら終わる。恐る恐る占い師、いや詐欺師を見ると、黒目に吸い込まれそうですぐに目を逸らした。どうしよう。走馬灯シネマなんか見つけなきゃよかった。そしたら今日ここに来ることもなかったし、バイトも辞めずにフリーターのまま普通に暮らせてたんだ。

いや元を辿ると別館にたどり着けなかった方向音痴な僕が悪い。ていうかそもそも高島さんがいつもと違う言い方で映画を勧めてきたのが悪い。いやそれなら高島さんと出会ったのが悪い。けどあそこのバイトに応募したのは僕だから僕が悪い。

ああもう全部面倒臭いな。泣きたい。そうだ。泣こうかな。泣いて駄々こねたらかわいそうに思って帰してくれるかな。よし、泣こう。ちょっと待って。結構勇気いる。大声じゃないと意味が無いし、涙はまあ出てなくてもこの場合はいいだろう。

よし。僕は覚悟を決めて大きく息を吸った。


「うわああああああああああああああああんうわんうわんうわんうわああああああああんママー!うわあんうわあんうわあんうわああああああああああんやだやだやだー!うわあんうわんうわんうわあああああああああんうわあんうわあんうわあん」


お気持ち程度にママを付け足して、とにかく手と足をバタバタさせて典型的な駄々をこねてみた。目を瞑っているので詐欺師たちの反応は分からない。


「湊斗くんなにしてんの?」


ちょっと久しぶりに聞いたその声の主が、誰だかすぐに分かった。

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