第3話 くら寿司

店長に、就職が決まったのでバイトを辞めたいと言った。店長は「社員になってくれるの期待してたのに〜」と言いつつも祝ってくれた。本当に就職は決まったけど、走馬灯を上映する仕事だなんて言えるわけがない。しかも非合法だ。


映画好きの高島さんに、映画館に就職したと言ったらなんて言われるだろう。もし問い詰められても、走馬灯シネマのことは話せない。

嘘をつくのは気が引けるし、顔に出そうで不安だ。北野さんにもすぐ分かるって言われたし。


休憩に入るとちょうど高島さんが出勤してきて、ちょっと緊張した。


「おはよ!」


「え、声どうしたんですか」


「誰が1番おっきい声出せるか大会開催したら声枯れた!」


「そうなんですね、優勝ですか」


「そう!俺優勝した!なんで知ってんの!?石田くん見に来てたの!?」


こんなデカい声の人、他にいないだろ。ていうか主催者なんだ。


高島さんは僕が入ってすぐの時、自分もフリーターだと言って話しかけてくれた。どうしてフリーターなのか聞くと「自分の人生に"内定を蹴った"っていう事実を作りたくて、内定蹴ったらニートになった!」と言っていた。この人とは適度な距離を保って、必要以上に関わらないでおこうと思っていたのに、なぜか気に入られてしまった。

高島さんは前に「石田くんって俺のこと新人マジシャンを見るような目で見てくるよね!」と言っていた。どういうことだろう。

高島さんって友達いるのかな。たぶん高島さんは、こういうことを聞いても怒らないしなんならもっと気に入られてしまいそうだ。

この人には、適当なことを言って誤魔化せそうだと思って聞いてみた。


「高島さんって就職しないんですか」


「しないよ〜!俺は自由でいたいからさ!」


「もし就職するならどこに入りたいですか」


「う〜ん、俺は弟子入りとかしたいな〜食品サンプル職人とか!」


「高島さん、僕就職しました」


「え!!!!!いつの間に就活してたの!?そんな素振りなかったじゃん!」


「なんかトントン拍子で決まって」


「どこに就職したの?松下電器?」


「違います」


「ミドリ電化?」


「違います」


「あ、サトームセン?」


「まだその時代にいるんですか」


「いや〜おめでとう!よかったね!」


なんで僕が家電量販店に就職すると思い込んでるんだ。ていうか、僕がたまたま全部分かったからよかったものの、目の前で大スベリを見るところだった。サトームセン、懐かしすぎて危うく笑いそうだった。


とりあえず今は、本気で就職先を聞かれることはなかったけど、店長やパートさんから伝わるのも時間の問題だろう。

だけど、もし聞かれたとしてもこの感じなら逃げれそうだなと安心した。







バイトに行くのは最後の出勤日を入れてあと5回になった。残りの5回は全て高島さんと被っている。


高島さんは、映画の話をする時まるで僕以外にも聞いている人がいるかのように話す。このいつもの光景を見ながら、これももう終わりなんだなとちょっとしみじみした。


「あ、そういえば石田くんに聞きたいことがあるんだけどさ!」


高島さんはいつも話がコロコロ変わる。


「もしかして俺のアカウント見つけた?」


「アカウント?映画の感想投稿してるやつですか?」


「うん!え!やっぱ見つけたの!?」


「いや、どこに投稿してるか教えてくれないじゃないですか」


「でもめっちゃ石田くんみたいな人からDMきたよ!」


そう言って高島さんはDMの文章を音読し始めた。


「『ハイランド様、こんにちは。いつもハイランド様の投稿を楽しく拝見しております。ハイランド様は映画をご覧になった感想がいつもとても早く、まるで朝にAmazonで頼んだものが夜には届くかのようです。たまに早すぎて怖いですよね。そんなに急いでないのにすぐ届いた時ちょっと申し訳ない気持ちになりますよね。これからもハイランド様の投稿を心待ちにしております』ってこれ石田くんでしょ?」


遠回しに怖いって言われてない?あと"高島"を英語にするなら"ハイアイランド"だなと思ったけど言わないでおいた。


「違いますよ。これのどこに僕の要素があるんですか」


「なんかこれ読んだ時にね〜石田くんの声で再生されたんだよね!だから石田くんかな〜って!」


「僕は急いでなくても早く届いたら嬉しいんで違いますね」


「初めてDMきたからドキドキしながら開いたら石田くんだったからさ、も〜なんだ〜石田くんか〜ってなったんだよ〜!」


この人僕の話を聞いてないなと思ったけど、僕もいつも高島さんの話をちゃんと聞いていない。もしかして僕と高島さんは最初からずっとお互いの話を聞いていなかったのかもしれない。







バイトに行くのはあと3回になった。

僕は高島さんに映画を勧められた時、いつも適当に相槌を打つ。すると高島さんは「いつか観てね!」と最後に言う。それで会話は終わる。今日も高島さんは相変わらず例の語彙力アップ映画を勧めてきた。やっぱりちょっと気になるけど、僕はもう観に行かないことに決めた。

高島さんとこうして話すことがもうないと考えた時、僕は高島さんとのこの会話が好きなんだと気づいたからだ。

今日もいつも通り適当に相槌を打っていると、高島さんが言った。


「今日バイトのあと時間ある?」


いつもと違うことを言うので動揺してしまった。


「え...っと、あります」


「OK!ちょっとお茶しよ♪」


そう言って休憩室から出ていった。

なんだろう。いつも通り適当に相槌を打ったつもりだったけど、なんか変だったかな。それとも「俺の話1回も真剣に聞いてなかったな!」と怒られてしまうのだろうか。高島さんのいつもと違う返答にモヤモヤして、バイトには全く集中できなかった。




ロッカーで着替えながら、いつだったか高島さんに「これ作るの手伝って!」と言われて、こよりを作らされたことを思い出した。くしゃみが出そうで出ない時のためにいつも持ち歩いていると言っていた。もしかしたら、またこよりを作らされるのかもしれない。

休憩室を出ると、高島さんがお客さんと話しているのが見えた。上がり時間は同じだったから、捕まったんだなと思い外で待つことにした。




こちらに向かって走ってきた高島さんを見て、やっぱり瞬足のCMの走り方だなあと思った。高島さんって小学生の時、絶対デュクシ乱用してただろうな。


「ごめん!お待たせ!くろ角に捕まってた!」


「くろかく...?またあだ名つけたんですか」


高島さんは、よく来るお客さんや仲良くなったお客さんに心の中であだ名をつけている。それを僕にはよく教えてくれていた。


「うん!めっちゃくろまめっちの口角だよねあの人!」


「くろまめっちの顔がまず出てこないんですけど」


「そう?じゃ行こ!」




連れてこられたのはくら寿司だった。高島さんとバイト以外の場所で一緒にいるのは初めてでソワソワした。席につくと高島さんは言った。


「ひと皿だけ醤油かけないで食べてね!タレとかがお皿につくやつもダメ!」


理由は分からないが、それさえ守れば好きなものを食べていいということだろう。

僕はコーンと大トロを頼んだ。

コーンっておいしいけど、なんか自分のお金では食べたくないんだよなと思いながら、空いたコーンのお皿を渡した。


「ありがと!」


高島さんはそう言ってスケッチブックを取り出した。そしてコーンが入っていたお皿をおそらく模写し始めた。


「...何に使うんですか」


お寿司屋さんでお皿を模写している人を見てこの質問ができる僕は、高島さんへの耐性が強すぎると思う。


「フリスビーをね作ってるんだけど、お寿司屋さんのお皿の柄にしようと思ってて!」


高島さんの話は、勉強とは違う場所の脳みそを使う。


「スシローとかっぱ寿司のお皿はネットで出てきた画像で描けたんだけど、くらのは難しいから直接見たかったんだよね!」


スシローとかっぱ寿司のお皿の柄ってどんなだっけ。まあ比較的簡単ってことなのだろう。

高島さんは、僕をくらに連行した理由として、1人だとカウンターに案内されるため机が狭く描きづらいこと、食べることと描くことの両方に集中するのは不可能であることを説明した。そんなことよりも、なんでフリスビーを作っているのかを説明してほしい。

結局高島さんは、僕が残したうにについているキュウリしか食べていないのに、ご馳走してくれた。ビッくらポンは当たらなかった。

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