第2話 キッザニア
「名前なんて言うの?」
家族も殺されたらどうしようと考えて、偽名でも言おうかと思ったけど、さっき嘘がバレたばかりなので、正直に言うことにした。
「石田
「ねえさっきの映画どうだった?」
「...僕には難しかったです。サウナ特化型映画は初めて観たんで」
「ハハハ!湊斗くんおもしろいね〜ほんとになんにも知らないで来たの?」
「なんにも...とは...」
「入口で言ってた合言葉、なんて言ってたの?」
「分かりませんって言いました」
「ハハハ素直だね〜分かりませんって言ってたんだ」
聞こえてなかったのに通したんだ。
「合言葉はね『さかさクラゲ』だよ」
「さかさクラゲってなんですか」
「俺も知らない。先輩からそう習ったから」
先輩?習った?全然意味が分からない。
「あのね、ここ普通の映画館じゃないの」
「...OHOHシネマズじゃないんですか」
「それは表向きの名前。通称は『走馬灯シネマ』。非合法でやってる映画館」
「ひ、非合法ってどういうことですか」
「合法じゃないってことだよ」
「いやそれは分かりますけど」
「ここではね、亡くなった人の走馬灯を上映してるの」
「え、じゃあさっきのって...」
「そう、さっきのは2024年に亡くなった人の走馬灯だね。あんなサウナと水風呂の往復だけの走馬灯は珍しいよ。整いすぎて亡くなったのかな」
ええ...なんて返すのが正解なんだ。
「で、俺はここの10代目の支配人。名前は北野。愛称はケイ」
自分で愛称ってあんまり言わないでしょ。
「あ、じゃあ、ケイさん」
「さん付けはやめてよ〜イニシャルにさん付けって変な感じしない?」
いや愛称がイニシャルなの珍しすぎる。
「じゃあ北野さん」
「俺さ、ここの支配人辞めたいんだよね。それで次の支配人を探してたんだけど、湊斗くんに決めた」
「え、勝手に決めないでくださいよ。別にやりたくないです」
「なんで?楽しいよ?どうせニートでしょ」
すごい。めっちゃ失礼な人だ。
「フリーターですよ」
「似たようなもんじゃん」
それから北野さんは、早口で走馬灯シネマの説明をした。
走馬灯シネマでは、亡くなった人が死ぬ間際に見た走馬灯を上映していること。上映する走馬灯は支配人が選ぶことができるが、年月日と名前しか分からないため走馬灯の内容で選ぶことはできない。一度上映した走馬灯は二度と観ることができない。ということをなんとか聞き取った。
「楽しそうでしょ?」
小学校の国語のテストでたまにあった、聞くテストが得意だった僕だから何とか聞き取れたけど、情報量が多すぎる。
「支配人の仕事って走馬灯を選ぶだけですか?」
「ううん、編集もあるよ」
「編集?」
「走馬灯ってめちゃめちゃ早いから、そのまま観ると2秒で終わんの。だからこれをスロー再生に編集する。あとは邪念とか後悔が大きかった人の走馬灯は映像が乱れてるから修正したり、不特定多数の人に聞かれたら良くない話はピー入れたり、見られたら恥ずかしいだろうなっていう映像にはモザイク入れたり」
非合法すぎる。プライバシーの侵害だ。
「このね〜編集が1番時間かかんだよね。良くない話ばっかの走馬灯に当たったらもうその日は残業確定だしね」
非合法のくせに残業って概念あるんだ。
「なんかすごい大変そうなんで、僕には無理です」
「待って、待って。全然大変じゃないよ?飛び癖のある俺がこんな続いてんだから」
「飛び癖?」
「バイトすぐ飛んじゃうんだよね〜友達にまたお前飛んだのかよ〜ハヤブサの北野だな〜って言われたりしてさ〜」
絶対言われてないだろ。
「北野さんって何歳ですか?」
「29だよ」
「今仕事ってこれだけですか?」
「うん、そうだよ」
こんな人が続けれる仕事で、これだけで食べていける仕事。ちょっと興味ある。
「ちょっと仕事体験してから考えたいです」
北野さんは「キッザニアってことね」と言ってパソコンの電源を入れた。
「1日5本上映するから、まずは5つ年代を選んでみて」
「じゃあ、2024年と2000年と、2010年と1600年と1582年で」
「あ、ごめん。言うの忘れてたけど1933年以降で選んで。それより前の走馬灯はうちにはないんだよね」
「うちには...?」
「走馬灯シネマって、昔は全国に支店があったらしいんだけど、今残ってんのはうちだけ。京都店は結構古い走馬灯もあったらしいんだけどね」
「なんでなくなっちゃったんですか?」
「警察に摘発されたり、単純にお客さん来なくて閉めたとかじゃない?」
「警察.....」
「ハハハ大丈夫だよ?どうせ10年以下で出れるし」
「刑務所ってことですか!?捕まる前提じゃないですか...」
「大丈夫、大丈夫。いずれ警察来た時の対応も教えたげるから」
そういう問題じゃない。
「やっぱり支配人やりません」
「はい、はい。キッザニアしてから考えてね」
未来の受刑者になだめられて不服だったけど、どこから出てきたのか分からないコーラを渡されたので、一旦キッザニアすることにした。
それから僕は走馬灯の編集を体験した。どうやら僕は素質があるようで、北野さんの「天才」「逸材」「ジーニアス」という掛け声に乗せられて、3本もの走馬灯を編集してしまった。
北野さんと会ってまだ少ししか経っていないけど、ずっと北野さんに上手く言いくるめられている。
でも、自分に合った仕事ができるのは素晴らしいことだ。僕は支配人になることを前向きに検討しながら、気になっていたことを聞いた。
「北野さんってなんでここの支配人になったんですか?」
「地元の先輩にバイト代わってって言われて来たらここでさ、そん時ちょうどバイト飛んだばっかだったから、ちょうどいいや〜ってなってそっから」
「ええ...そんな軽い感じで...」
「湊斗くんも今軽い気持ちでしょ〜それと同じだよ」
ドキッとした。僕はフリーターだけど、今の生活に困っているわけじゃないし、毎日それなりに楽しいと思う。だけどずっと今のままでいられないということは分かっている。
僕は就活がとてつもなく嫌だ。どうにかして就活せずに就職したい。今、走馬灯シネマの支配人になれば就活しなくて済む。非合法だけど。この浅はかな考えが北野さんに見透かされていたんだと思うと恥ずかしい。
だけど、僕も北野さんみたいに全てを投げ出して流れるように生きてみたい。ちょっと飛び癖のことをいいように言いすぎたけど、僕は北野さんが羨ましかった。
「僕、走馬灯シネマの支配人やりたいです」
「ほんと!?いいの!?ありがとう!湊斗くんが辞めたくなった時もこうやって次の支配人を見つけてから辞めるんだよ〜誰かに引き継がないと絶対に辞めれないから」
つまり飛べないということだ。それ先に聞きたかったな。だけど僕は、全てを投げ出して流れるように生きると決めた。
走馬灯シネマでは、証拠が残らないように走馬灯シネマについての情報や支配人の仕事内容を紙やデータで残すことは禁じられているらしい。だから全ての情報は歴代の支配人によって口頭で伝えられているということだ。本気の伝言ゲームだ。怖すぎる。
それから北野さんは、この部屋が円周率室と呼ばれていること、円周率室の暗証番号が円周率の始めの13桁であることを教えてくれた。本気の伝言ゲームをしているわりには危機感に欠けている。
僕は今のバイトを辞めないといけないので、辞め次第、走馬灯シネマに出勤することになった。
数時間ぶりに外に出ると一気に現実味に襲われて、さっき自分の身に起きたことの非現実味を際立たせた。
数歩歩いたところで、もしかして後ろを向いたら建物ごとなくなっているのではないかと思って、恐る恐る振り返った。建物もあるし、表札にもOHOHシネマズと書いてある。よかった。めちゃめちゃ現実だ。本当に僕は就活しなくていいんだ。
思わず緩む口元を抑えながら帰ろうとすると、北野さんが出てきた。忘れ物でもしたのかなと思って首を傾げると、満面の胡散臭い笑みで「飛ぶなよ〜」と言って手を振ってきたので無視して帰った。
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