走馬灯シネマ
三好みそ
第1話 OHOHシネマズ
バイト先の先輩である高島さんは、ドラッグストアなのにラーメン屋みたいな「いらっしゃいませ」を言う人だ。無理やり文字に起こすなら「っさっせっ〜」という感じだ。
高島さんは映画好きで、しょっちゅう映画を観に行ってはどこかに映画の感想を投稿しているらしい。どこに投稿しているのかはなぜか教えてくれない。僕は教えてくれない理由を、語彙力の無さと睨んでいる。なぜなら高島さんは映画の感想を言う時「良かった」「おもしろかった」「あんまりだった」の3つを使い回しているからだ。だから僕は、こんな人が投稿している映画の感想とは一体どんなものかと気になっている。
そんな高島さんが、最近観た映画の感想を「絶対に観た方がいい」「人生が変わった」「観る前と後じゃ世界が違う」などと急に語彙力を上げて話してきたのだ。何かで見たのだろうという文句だけど、あの高島さんをここまでの語彙力にする映画は気になる。今まで高島さんが感想を言っていた映画を観たことはなかったけど、高島さんとシフトが被るたびに「絶対に観た方がいい」「人生が変わった」「観る前と後じゃ世界が違う」と語彙力が上がったとはいえ、同じ3つを使い回して言ってくるので、僕はその映画を観に行くことにした。
◇
映画館に来るのは本当に久しぶりで、特有の甘い匂いに少し胃もたれした。券売機でチケットを買うのも久しぶりというよりは初めてなぐらいで、気づけば上映時間の5分前になっていた。
ふと上映スケジュールを見るとこれから観ようとしている映画のタイトルが見つからない。携帯で上映スケジュールを確認すると時間は合っている。スクリーンを確認しようとして気づいた。この映画は別館で上映されるものだった。映画館が久しぶりだった僕は別館という存在が全く頭になかった。急いで地図アプリを開いて検索すると「徒歩5分」の文字。上映まであと5分。間に合う。僕は急いで本館を出て別館へ向かった。
僕は、自分が生粋の方向音痴であることをいつも忘れる。たった5分の距離なのにたどり着けない。僕の現在地を示す地図アプリの青いピンは別館にかなり近いのに、もはや近い方がたどり着けないように感じる。でも既にチケット代は払ってしまった。フリーターの僕にとって2000円という金額は大きい。時計を見ると上映時間から30分が過ぎていた。今から行っても話は分かりそうだけど、ちゃんと観ないと高島さんの語彙力アップの真相が掴めないかもしれない。もう今日は諦めて今度ちゃんと観よう。地図アプリの目的地を駅に変更して僕は歩き出した。別館に行くのに迷子になったせいか、路地裏を通らないと駅には行けないようで、暗い道を足早に通り抜けようとした。その時数分前に見たかった文字、に一瞬見えた表札が目に飛び込んできた。
"OHOHシネマズ"
怪しすぎる。地図アプリで見ると、建物自体はあるようだけど名前は載っていない。でも、もしかしたら高島さんの映画がやっているかもしれない。路地裏にある建物の割には綺麗な外観が警戒心を薄くさせる。入口は二重扉になっていて、手前の扉は透明だけど、奥の扉は黒くて中は見えない。手前の扉と奥の扉の間に店員と思われる人が立っている。僕は高島さんの映画を観たい気持ちと、ただの好奇心で入ることを決めた。
「合言葉をお願いします」
手前の透明の扉を開けて中に入ると店員にそう言われた。やっぱり普通の映画館ではなさそうだ。まあでも適当に言ってみよう。
「わはひまへん」
"分かりません"を最大限濁して小さな声で言ってみた。
「すみません、もう一度お願いします」
自分の心臓の音が大きくなっていくのを感じる。
「わはひまへん」
さっきより濁す勇気はなくて、聞き直されたのに同じように言った。
「ありがとうございます。どうぞお入りください」
入れてしまった。まだ心臓が大きな音をたてているが、少しだけ肩の力が抜けた。
奥の黒い扉を開けて中に入ると、壁にかかっている液晶画面の光だけで部屋が照らされていて、恐る恐る近づいてみた。
"2003年 10:00〜10:20"
"1977年 12:00〜12:20"
"1947年 15:00〜15:20"
"1992年 17:00〜17:20"
"2024年 20:00〜20:20"
上映スケジュールだろうか。タイトルの4桁の数字は西暦っぽい。携帯を見ると19時55分。『2024年』の上映まであと5分。観る運命なのかもしれない。それにもしかしたら高島さんの映画かもしれない。
『2024年』を観ることに決めた僕は、券売機を探した。あまりキョロキョロするのも怪しいかなと思って自然にあたりを見渡したけど、券売機は見当たらない。そういえばフードも無さそうだ。
その時、奥にある扉が開いているのが見えた。僕は足音を立てないようにそこへ向かった。
忍者のような足取りで中へ入ると、部屋は教室ぐらいの大きさで綺麗に椅子が並べられていた。部屋の前方にプロジェクターのようなものが掛かっているのを見て、ここがスクリーンだと分かった。僕は1番後ろの席に座って部屋を見渡した。お客さんは僕を入れて5人しかいないけど、仲間がいると思うと安心した。
◇
放心状態でしばらく席から立てなかった。ずっとサウナと水風呂の映像だった。映画というよりはただの映像。しかも終始自分目線のアングルで、没入感だけはすごかった。僕以外のお客さんは満足気な表情で帰っていて、勝手に仲間と思ってたこっちが悪いけど、裏切られたような気分だった。なんだか気味悪くて、急いでいるけど、さも急いでいないかのような顔をしてスクリーンを出ようとしたら、腕を掴まれた。
「お願いします」
入口で合言葉を聞いてきた店員に引き止められた。手には『ご意見箱』と書かれた箱を持っている。
「あ、意見は特にないです」
その瞬間、僕が手に持っていた携帯を店員に奪われた。
「一見さんでしょ」
胡散臭い笑顔で店員は聞いてきた。この人めっちゃタバコ顔だなと思った。この顔でタバコを吸っていなかったらおかしいぐらいのタバコ顔。
映画館に一見さんシステムはないだろと思ったけど一応話は合わせておく。
「いや、紹介で」
「君、嘘つくの下手だね。すぐ分かるよ」
胡散臭い笑顔が本当に怖い。正直に言った方がマシそうだ。
「はい。すみません」
「やっぱり。一見顔だもん」
そう言いながら顔を指で指された。タバコ顔に言われたくない。
「俺ここの支配人なの。ちょっと裏おいで」
僕は殺されるのかもしれないと思って、店員の後ろを俯きながらついて行った。ポケットに鍵を入れているのか、歩くたびにカチャカチャと音が鳴る。いやもしかしたら刃物かもしれない。
店員が足を止めたので顔を上げた。これから入るであろう部屋の扉には暗証番号式の鍵がついていて、この人のポケットの中身が刃物である可能性が高まった。
ピッピッピッピッピッピッピッピッピッ
「あ、間違えた」
ピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッ
こんなに長い暗証番号をいれないと入れない部屋で僕はこれから何をされるんだろう。
「はい、そこ座って」
中は薄暗く、大きいテレビ、パソコン、シュレッダー、そしてソファが1つあった。
恐る恐るソファの隅の方に座ると、タバコ顔は勢いよく隣に座ってきた。ふわっと香水の香りがしてその中にタバコの匂いが混じっていた。
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