学園祭の前日
最近、帰りが遅いハルの事が気になり、私は階段を下りて
ダイニングキッチンまで行く。
「ねぇ、ハルは? 帰ってきた?」
キッチンでは母が後片付けを終えた所だった。
「ん? まだよ。今日はやけに遅いわね」
と、美和子の視線が柱時計に向く。
柱時計は9時を回っている。
中学生組は午後7時まで部活をしているし、ハルは毎日、毎日、外で何を
しているのか…帰って来るのが段々と遅くなっている。
学校で会っても授業中はいつも寝てるし、『ハル、いったい何やってるの?』と、
問いただしても『ん――…』といった無回答が返ってくるだけで、しょっちゅう
ボーっとしていることが頻繁に目立ってきている。
そんな事で、最近、我が家の夕食も日々遅くなってきている。
「まあ、そんな気にしなくてもそのうち帰って来るだろう…」
ダイニングテーブルで食後のコーヒーを飲んでいる勝平が言う。
勝平は意外にも落ち着いていた。
『お父さん、落ち着いているね』
私は母に聞こえるような小声でボソリと呟く。
『ああ見えてね、カッちゃん心配しているのよ』
『え?』
『カッちゃんのコーヒー、濃い目のブラックを入れているの』
『……』
『いつもは薄めのコーヒーを1杯だけ飲んで寝るのに『美和子、
今日は濃い目でヨロシク』だって(笑)。多分、今日は寝ずに
帰って来るのを待っているつもりなんじゃないかな』
『え…』
『だから、私もカッちゃんに付き合おうと思って、ほらね 』
と、美和子はコーヒーメーカーのたっぷり入ったボトルを手にして
目の前に準備していたマグカップにコーヒーを注ぎ入れる。
『今日は何杯目でハル君、帰って来るかしらね(笑)』
『あ、じゃ…私も付き合うよ。』
『アオは早く寝なさい。明日、終業式でしょ』
『うん。あ、でも…一杯だけ…』
私は食洗器からマイマグカップを手に取るとコーヒーを注ぎ入れる。
『いただきます』
そう言って、青葉は自分の部屋へと戻って行く。
淹れたてのコーヒーはマグカップの外側からでもポカポカと温かく、
手に触れた感触から伝ってくる。日中は温かい日差しが照りつくしていても、
やはり、夜は肌寒く冬を感じされられる事も暫しある。
部屋に戻った私はマイマグカップを持ってベランダへと出る。奥へ向かって
一直線上にある3部屋は電気が消えていた。まあ、中学生組は寝ているとしても、
明かりが点いていないハルの部屋が気になっていた。
私は視点を変えて夜空を眺めることにした。夜空に光る無数の星達は相変わらず
輝いていて、まだ、進路も何も決まってない私の心に少しだけ光を分け与えてくれているような気がしていた。先の見えない夢にしがみついて、何度挫折しても同じように皆、明日はやってくるのだ。徹夜で漫画を描く時は、いつもホットココアを飲んでいた。でも、今日はなぜか大人たちが美味しそうに飲んでいるコーヒーを見て、
ちょっとだけその味を試したくなった。温かいホットコーヒーを両手で抱え一口飲んでみた。
「うわ、苦っ」
その舌触りに残る感触は粉薬飲んだ時の後味が悪い何とも言えない渋深い味わいが
した。大人たちはこんなものが『美味しい』と言って飲んでいるのかと不思議な
顔でマグカップの中で揺れる焦げ茶色の液体を眺めていた。
ベランダから見える景色は星達の明かり以外は何もない殺風景な夜景だった。
夜の9時を過ぎれば人の気配さえもないのは当然だ。都会と違い田舎の人達は
夜、寝るのも早いのだろう。ベランダから真っ暗闇の通学路を眺め、ハルの帰りを
暫く待っていたがハルの姿は一向に現れることはなかった。
冷たい風が肌に触り部屋の中へと戻って行く。
「もう、今日は寝よ」
ゆっくりと布団の中へと入って行く。
明日は修了式だーーー。
――――その後は学園祭か、、、、、、、なんだか憂鬱です。
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