高校三年 ―秋ー

 海岸の潮の匂いで目覚め、徒歩で10分の距離に私が通う富士ノ里学園がある。

夜が遅い私は朝に弱い。スマホのアラームをいつの間にか止めていて、いつも

ギリギリまで寝る。それが最近の私の生活のルーティーンになっている。

当然、学校に間に合わず、ドタバタしながら寝癖を直し、朝ご飯抜きで

牛乳瓶を一本冷蔵庫から取り出し、グイッと一気に飲み干し、慌ててお母さんの

ママチャリを漕ぐ。5分で富士ノ里学園へ滑り込みセーフだ。

こんな生活をかれこれ3年は続いている。つまり、高校に入学した当初から

結構、生活にだらしなく不規則な生活をしているわけだ。

多分、母と約束を交わしたその日から私の頭の中にあるのは『漫画家デビュー』

一色しかなかったのだと思う。

応募締め切り前は朝方まで描いて原稿を仕上げた日もあった。

まるで新人漫画家にでもなった気分だ。


だけど、私の更に上をいくのがハルだーーー。


『おーい、アオ、待ってーい』

後ろからハルがものすごいスピードで自転車をこいで来ている。

『おっそーいよハル』

『なんで、起こしてくれなかったんだよ』

『え、だって私も遅刻しそうだったし…ハルもとっくに行ってるのかと

思って…』

『昨日も徹夜で描いてたのか?』

『まあ…ね。ハルは昨日、遅かったけどバイト?』

『ああ…まあな』

『最近、夜遅いけど大丈夫? お父さんもお母さんもハルのこと心配していたよ』

『ああ…』

『ハルの事だから悪い人達とつるんでいるとは思えないけど…』

『大丈夫だ…心配すんな。父さんとお母さんにもそう言っといて』

『うん…』

中三に上がる頃から私は『カッちゃん 』の事を『お父さん』と呼ぶようになった。

そして、ハルもお母さんの事を『美和子さん』から『お母さん』って呼ぶように

なった。


時々はお茶畑を手伝いながら充実な暮らしをゆったりと過ごしていた。


私達は平行線のまま少しずつだけど成長していた。


「おっ、やっべぇー、アオ、時間がねー急ぐぞ」

「うんーーー」


多分、ハルとはこのまま何も変わらず平行線を辿っていくのだろう……


例え、それぞれ別の道に向かって進んで行ったとしても、必ずどこかの

分岐点で合流する。


私達が富士ノ里学園に辿り着いた時、「キンコンカンコーン」って、

チャイムが鳴った。


私とハルは互いに顔を見合わせ「セーフ」と、両手を横に伸ばし、

『間に合った…』とホッとし笑った。


教室に入ると、たった13人しかいない生徒達がこっちを見て

注目していた。

「セーフじゃない、アウトだ 」

そう言って、担任の小早川先生が教科書を丸め「ポン」「ポン」と

私とハルの頭を軽く叩く。

「ほれ、席に着いて」

「はーい」

私とハルは渋々席に着く。


「相変わらず派手な登場だね(笑)」

そう言って、那波がこっちに体をひねり茶化してくる。

「んー、朝から最悪。頭痛いしさ…」

「また、徹夜で漫画描いてたの?」

「うん、まあね」


「え…と、進路調査票が出ていない者は今日中に出すように」

「はい」

「いいな、そこの清野姉弟きょうだい!」

え!?

『ハルも出してないの?』

私は隣席のハルに近寄り、耳元で囁く。

「ああ…。ったく、だっりー」

ハルはだらりと机にうっ伏して眠そうに欠伸をする。

「春斗! 寝るなよ!」

小早川の声が春斗に向かって飛ぶが、1回注意した後は

それ以上ひつこく言うことはない。


年々、生徒数が減ってきている富士ノ里学園でも三年が15人で

二年が13人、一年は9人と2ケタを切っている。

三学年合わせても50人に満たない現実に直面していた。

先生の待遇も変わり、教科ごとに先生が変わるという制度も

今年から廃止された。

学園自体危ないという噂も流れているが、それはあくまで

噂である。


まあ、子供達にはそんなことは関係ないようだーーー。

先輩、後輩の上下関係もなく、一年生から三年生は結構

一緒にする行事もあり仲が良い方だと思う。


もうすぐ、一年の締め括りともいえる学園祭っが始まろうと

しているが、皆、今年は期待していないみたいだ。

あまりにも去年の学園祭がつまらなすぎて、どうでもよくなって

きている。


それでも時間、みんな同じように流れている。


時間の流れを止めることなど誰にもできないーーー。


多分、皆、高校生活もこのまま…思い出さえも何も心に

残らないまま終わっていくのだろう……と、覚悟している。


私もきっと…そう思う…。


…でも、【漫画家】という夢は違う……


この夢だけは最後まであきらめたくなかったんだ―――――ーーー。




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