ハルとの出会い~再婚相手の息子は隣席の男の子だった~

たった二週間の冬休みももうすぐ終わろうとしていた頃、

急に引っ越しが決まった。

まだ、一度も母の再婚相手の家族とも会わないまま『勢いが肝心よ』と

親同士が勝手に決めてきた事だった。

『ほんまに大丈夫? 子供同士、まだ合わせてないんやろ?』

『大丈夫よ。ここから15分くらいの近所の人だし』

『へ?』

『お母さんも知っている人だから…』

『誰ね?』

『茶畑の清野勝平きよのかっぺい

『え? カッちゃん? アンタ、カッちゃんとと付き合ってたんかい?』

『腐れ縁みたいなもんやからね。小・中・高とずっと一緒だったからね。

付き合ってたんは中学の時の2年間だけ。後は色々、相談に乗ってもらってる

友達みたいなもんよ』

『それが再婚になるんか?』

『んー、再婚っていうか…メリット婚かな』

『メリット婚ってなんやね?』

『まあ、いわゆる、お互いにプラス思考の結婚かな。私にとってつらい家事は

分担制だし、その変わり私はお茶や野菜作りを手伝うの。この歳になって外で

働くのもキツイしさ』

『まあ、よく、わからんが…美和子が農園なんて務まるんかい』

『さあね。でも、やらなきゃ食べていかれないしさ…。多分、最初の頃は子供同士、合わんで帰って来ることがあるかもしれんから、その時はアオのことヨロシクお願いします』

『ああ、わかっとるよ。ほな、気を付けてな』

『じゃ、おばあちゃん、時々、顔見に来るね』

『はいよ。元気でな、アオちゃん』

『うん…』

『それじゃ、アオ…行こうか…』

差し出す手を私は取らなかった。

『うん…』

強くなりたかった。一人でも生きていける強い心が欲しいと思った。


荷物はボストンバックに身の回りの物を詰めれるだけ詰め込んだ。

『ねぇ、ほんとに荷物、これだけ?』

『うん…いつでもさ、取りに来れる距離だから…。

アオは何も心配しなくていいのよ』


道なりを歩くこと15分。その間には田んぼと畑しかなかった。


ポツポツとある民家が5軒ほど通り過ぎた後、6軒目の2階建ての家の前で

母の足が立ち止まる。東京と違い家同士が隣近所に密集していない所は

いいと思う。

『ここよ』

表札に【清野】って書いてあった。

母はどんどん先に進んでいた。私は精一杯、大きく足を上げ、母について行く。

庭…広っ。家も結構大きい…。

庭先の家庭菜園には冬物野菜がキレイな彩を見せていた。

この町ではごく普通の一般家庭なんだろうけど、外観から見たその家は

なんだか特別な空間のような感じがした。


『ピンポーン』

母がインターホンを押す。


ガチャ…


玄関のドアが開き、中から結構イケメンの紳士が顔を出す。

イケオジ…(イケてるおじさんの略語)

『よく来たね、美和子』

『カッちゃんが俺のとこに来るか? って言ったんでしょ』

『まあ、そうだけど…。同窓会の時はかなり酔ってたから、半分、冗談かと

思ってた…』

『…じゃ、帰ろうか?』

『…や、待って。ウソ、ウソ。さあ、上がって。子供達も待ってるし…』

『それじゃ、おじゃまします』

『青葉です。これから、ヨロシクお願いします』

『さあ、あがって』

その人は私達を心よく迎え入れると、ダイニングリビングまで案内してくれた。

『美和子、荷物、それだけ?』

『ああ、とりあえず身の回りのものだけね。すぐに家に取りに変えれるし』

『ああ、そうか。また、おばさんの所にも挨拶に行かないとな』

『あ、あんまり気にしなくていいよ。再婚相手がカッちゃんだって言ったら

ちょっと安心してたみたい…。カッちゃん、信用されてるんだよ』

『おばさんにはいつもお茶買ってもらって御贔屓ごひいきにして

もらってるから』

『え、じゃ…あれ、カッちゃんとこのお茶だったの? どうりで

美味しいわけだ……』

『美和子、コーヒー好きだったろ?』

『最近、コーヒー豆の栽培をしようと庭先に植えたんだよな』

『え、あれってコーヒー豆の木だったの?』

『実ができたらさ、焙煎しようと思って…実は資格も去年とったんだ』

『カッちゃんって、すごいね』


ダイニングリビングに案内されるが、二人だけの世界に入っている母とイケオジサンの話をただ呆然と私は聞いていた。

ダイニングテーブルの前に座っている三人の子供達も放置状態だ。

かなり退屈しているみたいだ。

――っていうか、さっきから視線を感じるのは気のせい?

右端に座っている男の子がジッとこっちを見ていた。

あれ? あの子…どこかで見たような…。えっと…思い出せない…。

つい最近、見たんだけど…どこで?


『パパ、その人誰?』

不貞腐れたように頬杖をつきながら真ん中に座っている女の子が口を開いた。

『ああ、ごめんごめん。つい話に夢中になって…この前、話しただろ。

俺の再婚相手の藤野美和子さんと娘さん』

『藤野美和子です。宜しくね。こっちは娘の青葉』

『美和子、紹介するよ。右から長男の春斗、それから4つ下の双子の弟で

秋人しゅうとと妹の冬香とうか


あ、思い出したーーー。


隣の席の男の子だーーー。



その日、紹介された男の子は同じクラスの隣の席の男の子だった。


やたら、隣から話しかけてくるウザいと思っていた男の子の名前は――

清野春斗だったーーー。名前、覚えました。


『あ、そう言えば、春斗と青葉ちゃんは同じクラスじゃなかったかな?

前に春斗、転校生が来たって言ってただろ』

『んー、そうだっけ?』

『席は近いのか?』

『んー、隣だけど?』

ボソっと、春斗が口を開く。

『え、ホントに?』

『じゃ、春斗と青葉ちゃんは前から知ってるのか(笑)』

『春斗君…アオのことヨロシク頼むね(笑)』

春斗はそれ以上、私の学校生活のことを口にすることはなかった。

『あおばちゃんってさ、誕生日いつなの?』

『ああ、アオはね。8月10日なのよね』

『ハトの日だーー。ハルにぃと同じ――』

秋人が笑いながら大声で言った。

『え…』

ボカッ!

その後、秋人の頭上に横からゲンコツが飛んできた。

『ってー』

秋人は半泣きになりながら両手で頭を押さえていた。

『ねぇ、時間は? ハル君は何時に産まれたの?』

『確か…午前6時頃だったかな 』

『ウチは午前5時頃』

『じゃ、アオちゃんの方が1時間早くに産まれたからハルよりも

お姉ちゃんってことで決まり。アオちゃん、宜しく頼むね』

『っだよ、それ』

『ハル、ひがまないの』

『妹のお前が言うなっ。あと、呼び捨てにすんなよ』

『はーい』


なんだろ…この感じ…。


もしかして、私の居場所を作ってくれてる?


『あの…私は何て呼べばいいですか?』

『俺のこと? 何でもいいよ。アオちゃんが好きなように呼んで。

お兄さんでもカッちゃんでも…』

『ーーったく、いい年したオッサンがお兄さんってツラかよ 』

『お前はちょっとうるさいよ』

『ま、お父さんっていうのはちょっと図々しい気がするから…』

『じゃ…カッちゃんで…』

『オッケイ』


ニッコリ笑った顔がとても優しい眼差しで温かく包み込んでくれていた。

母が居心地がいい人って言っていた意味が少しだけわかった気がした。


子供達とも上手くやっていけるのか心配だったけど、大人には大人の世界があって

子供には子供の世界があるのだと私は知った―――。




きっと仲良くやっていけるーーー。



そして、私の中に新しい風が吹き込んできて何かが変わり始めようとしていた。




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