それは突然にーーー

翌朝―——。


朝食の匂いで目が覚めた時、手に取った目覚まし時計の針は9時を回っていた。


気を聞かせてくれたおばあちゃんがいつもより2時間以上も遅い朝食を

作ってくれていた。


食卓には食パンが焼かれ、ハムエッグとサラダが用意されていた。


『おはよう、おばあちゃん。うわ、美味しそう…』

『おはよう、アオちゃん。朝は手抜きになってしまってごめんよ』

『全然。私、パン大好きだもん。東京にいた頃なんて朝は ほぼ毎日

パンだったし…』

『そうか…。あ、ジャムは適当にぬってな』

『わかった』

『アオちゃん、牛乳でええか?』

 『うん。いいよ』


『おはよー、みんな、元気かい!』

朝からテンション高い母が寝室から出て来た。

『どうしたの? お母さん、ご機嫌だね』

『同窓会でええことでもあったんかい』

『まあね」

そう言って、母は食卓の前に腰を下ろす。

『あ、私、コーヒー、ブラックで宜しくね』

『はいはい』

さすがおばあちゃんだ。ちゃんとお母さんの好みまで把握している。

すでにコーヒーメーカーで沸かしたコーヒーが出来上がっている。

『はい、どうぞ』

おばあちゃんはマグカップにコーヒーを淹れると母の前に置いた。

『サンキュ』

母は幸せそうな表情を浮かべコーヒーカップに口をつける。

『―—ん、美味しい』

『ーーーで、酔いはもうめたかい』

『え…。もしかして私、昨日、酔ってた?』

『酒も飲めんくせに、あんだけ飲んでよく家まで帰って来れたな』

『ああ…、送ってもらったから…。実は…大事な話があって…』

『なんや?』

『やっぱ…酔った勢いで言おうかと思ったけど、昨日はかなり飲んでて、

話する前に寝落ちしてしまったからさ』

『ケーキの話じゃなかったんだ…』

『ケーキ?』

『アンタが同窓会に行って、珍しくケーキなんて買って来るもんだから

ちょっと驚いただけね』

『ああ、あれは…彼が… 』

『彼?』

『実はね、再婚しようと思うの』

『はあ? アンタな…離婚したばっかで再婚ってか…いい加減にしなよ』

『わかってる…。でもさ、アオちゃんも小4だし…今しかないと思ったのよ』

『同窓会に行って やけぼっくいに火でもついたかいな』

『…ん…』

少し、口籠った後、開き直ったかのように母の口が開いた。

『…かもね』

『ーーで、どんな人なんや?』

『うん…。実は、彼も離婚していて3人子供がいるの。一番上は確か

アオと同じ小4って言ってた。その下に男の子と女の子の双子いるって。

彼も3人の子供を育てながら仕事してるって…どうかな?』

母はこっちに視線を向けて聞いてきたが、私は答えなんて見つかるわけもなく、

視線を無意識に逸らしてしまった。

『そんな人、やめときな。アンタにいきなり4人の子供の世話なんか

できる道理がないじゃろ』

見かねたおばあちゃんが私を庇うようにして助け船を出す。

『…かもね。でもさ、アオちゃんに兄弟妹きょうだいがいれば

いいなあって思ってさ…。写メでね、彼の子供達の写真を見た時に仲良くて

いいなあって思ったのよ』

『それは…そう思うが…時期がまだ早すぎるんじゃないかね』

『ごちそうさま…』

私は自分には関係のない話だと他人行儀の振りをして席を立つ。

『あ、アオちゃん、ケーキ食べる? せっかくのクリスマスなのにって…

彼がアオちゃんのために買ってくれたのよ』

『うん…。後で食べる……』

母はいつも突然だ。あまりにもいきなりの行動に私の心はまだ

そこまでついていけれてない。

そして、何か困ったことがあるとすぐ部屋に引きこもる癖は私の短所でもある。

その部屋がその時はたまたま寝室だっただけだ。

そんな私の意気地なさを母はきっと『どうにかしてあげたい』って

思ったのかもしれない……。


―――バタンーーー


『ほら、アオちゃんにはまだ早すぎたのよ。大人が思ってるほどに

子供心は繊細で壊れやすいもんだからさ』

『ん―――』


私は寝室の部屋を閉めて、体育座りで縮こまっていた。

扉一枚の壁は薄く、その向こう側でしゃべる母とおばあちゃんの声は

筒抜けに聞こえていた。


『……そうかもしれないけど。実はね…お母さんには言ってなかったけど、

あの子…学校で馴染んでいないみたいなの』

『え? まさか…』

『東京のマンションにいた時もそうだけど、たまに先生から電話があって、

いつも一人でいることが多いんだってさ… 』

『家ではあんなに普通にしゃべってくれているのにな…』

『東京にいる時と同じ…。環境を変えると少しでも変われるかなって

思い切って離婚して家を出て来たけど……やっぱ無理なのかなあ』

『もしかして、美和子…それで離婚したの?』

『まあ、それだけじゃないけどね。あの人に相談したくても家にいることが

少ないし、たまに帰って来ても話も聞かず、すぐに『忙しいから』って

家を出て行くんだもの。なんだか、虚しくなってさ……』

『美和子…』

『フッ…でも、離婚の話を持ちかけた時ね、あの人、何も言わず すんなり

ハンコ押してくれたの。ああ…やっぱり、この人とは合わなかったんだなって

思ってさ…』

『そう…だったの。…それで、同窓会の彼とは? まさか、ずっと…

繋がっていたんか?』

『え…』

『その人、アンタの元カレだろ?』

『…お母さん、知ってたの?』

『何年、アンタの母親やってると思ってるんや。離れててもアンタのすることは

お見通しなんだよ』

『彼ね…昔と全然変わってなくて…。隣にいても落ち着くっていうか…

居心地がいいなあって……。すごく、温かかくてさ…』

『へぇ…。そんな人がなんで離婚したんだろうかね…。アンタ、騙されてんじゃ

ないのか?』

『彼のね奥さん…夢を捨てきれなかったんだって…。女でもさ、男よりも家庭よりも夢が大事って思う人いるからね。私はさ、東京に憧れて上京したけど、結局、馴染めなくて出戻って来たけどさ』

『わかったよ。もう何も言わんよ。美和子の人生は美和子が決めればええ。

ウチはアンタを育てるんが精一杯やったけん再婚しようって思わんかったきん。

今思うと、美和子にも寂しい思いさせたんかなって…思うから…』

『お母さん…ありがと…』


―――初めて、母の想いを知った気がしたーーー



まだ、子供の私に選択肢はなかったーーー。


ただ、母について行くしかなかった。大人はずるい生き物だと思った。


私が『再婚なんて嫌だ』って言ったら母は再婚しなかったのだろうか?


それは多分、ないだろう……。


母は私は『Yes』だって言うまで、何年かかっても あの人との

再婚をあきらめなかっただろう……。



数日後、私は母の再婚相手の家族とご対面することとなった。


その人柄の優しさに私は母がその人を選んだ理由がなんとなく

わかった気がした――――。


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