平和を願い勇者に転生。そして魔王は暗躍する。
天然無自覚難聴系主人公
プロローグ
第一話:魔王
これはまだ魔王が魔王だった頃の話。
***
人と魔族の戦乱の世の中、人類は神を信仰し、神を崇め、神の加護得て魔族に対抗する。そしてそのリーダー、人類の切り札となるのが勇者である。
荒れ果てた焼け野原。空は黒く覆われ、人の世とは思えない。いくつもの人の死体、人ならざる者の死体が転がっている。激しくぶつかり合いその中で倒れていく同族。そんなことを考えていれば消し炭になる戦場。そんな中立っている影がある。
「ふはははは!! やるじゃないか勇者ぁ!! 我が魔王軍がここまでやられるとはな!」
人のいない静かな戦場に大きく響く笑い声。
ふらつきながらも立ち上がる影が一つ。剣を構え戦う意思を示す。
諦めない心。そんなクソみたいなものでまた立ち上がり、毎回毎回苛立ちを覚える。
「……だが、もう終わりだな。貴様の仲間も、貴様も瀕死状態じゃないか?」
「何を言っている……? 貴様の翼を切り裂き、こうして地面に足を着いているのはなぜだろうな!?」
確かに右には翼が生えているが左の翼は切り落とされ、無くなっている。これでは空は飛べない。だがしかしそれ程の事ではない。魔族、魔王ともなれば治癒も簡単だ。
何週間かすればまた生えてくるだろう。こうして血も止まり始めている。それに比べ人間、治りも遅い弱者が……
「──次で終わらせる……!! 神よ、私に力をお与えください!アディシュターナ!」
彼の周りに漂うオーラこそが神の加護。信じる者には力が与えられ、自然の理を覆す力を得る。幼いころから洗脳のように言い聞かされ物心つく頃には力を得る。
数に頼る下等生物が!すぐに死ぬゴミ共が!神だが何かの力でここまでの力を出しやがって……
もとは下等生物であった。ただの飯にしかならない存在だったという。それが今となってはこちらに剣を向け、仲間を殺し、親も殺され、自分を殺そうとしてくる脅威となった。
「我こそが最高にして最強の魔王……テスカ・ヴィダーツ様だ!」
両者ともに高密度の力を溜める。強大な力のぶつかり合いまともに呼吸もできないと錯覚してしまう程の圧迫感。
これがぶつかり合ったらここ一帯の地形が大きく変わるだろう。
「ホーリーパニッシュ!!!」
「──リューゲ・エウタナシア…… 」
事切れたかのように倒れる。唐突に何の前触れもなく、地面に伏せる。
この瞬間勇者は死んだ。
残された力だけが暴走し、発動する。眩しい光の中に魔王の姿は消えた。
地面は大きく抉れ、辺りに土石が散乱し、地割れが起きている。様子を窺いに来た魔族もこの光景に呆気を取られてしまう。
奥に転がる人間共を無視し、隈なく魔王を探す。死んでしまっているかもしれない。不安感にかられながらも捜索を続ける。
剣のそばに人影を見つける。今援護に来たため、勇者なのか魔王なのか分からない。
警戒しながら飛んでいき安堵する。
「よくぞご無事で。魔王様!」
崖際に突き刺さった勇者の剣を見ながら魔王は口を開けた。
「勇者は死んだ。跡形もない」
ゆっくりと剣に近づく。これが神とやらの力だろうか、近づくだけでも鳥肌が立つ。本能が伝える、これは危険だと。
ゆっくりと手を伸ばし、破壊しようとした時だった。
亀裂の入る音が足に伝わる。瞬間、足場は崩れ崖ごと落ちて行く。
飛ぼうと翼を広げるが勇者に切られて無いことを思い出す。段々と目の前に迫り落ちてくる剣を見ながら避けるのを躊躇する。
──もし、神とやらがいるのならば……
慌てふためく同族を遠めに少し笑う。同時に喪失感か、罪悪感か、今がどういう感情なのか分からない。
──もし、やり直せるなら。争いの無い平和な世界に──
この瞬間魔王は死んだ 。
平和を願い勇者に転生。そして魔王は暗躍する。 天然無自覚難聴系主人公 @nakaaki3150
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