第34話 家族旅行 後編
足湯に浸かり、心身共に癒す。これほどの幸せはあるだろうか。だが、僕は今、非常に困っている。
「気持ちが良いね。海斗」
「そうだね」
ふたりの美少女が僕の両隣にいる。しかも、かなり密着している状態だ。これは勝負に出ていると思ってもいいのだろうか。
はあ……、困った。
「海斗さん、足が綺麗ですね」
「そう?」
お父さんの遺伝か分からないけど、体毛は殆どない。顔立ちもお父さんに似て美形だ。
まあ、たまに女か?と言われるけど。
「海斗、そろそろホテルに戻るぞ」
「うん」
ホテルに戻ったら温泉に入る。予約したホテルは一体どんなお風呂があるんだろう。楽しみだ。
「海斗。温泉に入ったあと、部屋に来てくれる?」
「別にいいけど、どうして?」
「色々お話したいの。空気読んでよ」
お話か。大体、話の内容は見えている。まあ、いいか。
「分かった。温泉から上がったら部屋に行くよ」
「よろしくね」
ミニバンに乗り込み、シートベルトを締め、フロントガラス越しの景色を眺める。
このあとは温泉に入り、豪華な食事を摂って音羽たちとお喋りして寝る。明日は午前中にチェックアウトするから帰りはお昼ごろになるだろう。楽しい時間はあっという間だ。
「ホテルに戻るぞ。忘れ物はないよな?」
「うん、ないよ」
「それじゃあ、出発」
ここからホテルまではそう遠くない。それまで何をしようか。音羽がお喋りをしたそうにしている。
僕はまだどちらを彼女にするか決めていない。その話題を切り出すのはまだ無理だ。でも、心の片隅にいる彼女が誰なのかは分かっている。
そう……。
突然現れ、僕の心を揺るがしている人。その名は……。
「海斗、本当はもう決めているんじゃない?」
「……音羽、聞きたい?」
「まあ、聞きたいかな。早い方があとが楽だし」
アレクシアさんも同じ気持ちみたいだ。そわそわしている。
「よし、言うよ」
ふたりがゴクリと唾を飲んだ。緊張感が漂う。
「今、僕が好きなのは……」
よし、思い切って言おう。
「アレクシアさんだよ」
音羽がいきなり溜息を吐いた。もしかして、呆れられている?
「やっぱり、そうくると思った。でも、上手くいくの?」
「それは分からない。けど、正直な気持ち、上手くいかないと思う」
「なら、何で選んだの?」
「ふたりで協力して上手くいくか試したいんだ。駄目かな?」
「駄目じゃないけど、海斗って本当に酷いよね」
そうだ。僕は酷い奴だ。
まだ音羽を縛り付けている。
「ごめん」
「まあいいか。私の番になるのはすぐになりそうだし」
アレクシアさんが少し不安そうな顔をしている。まだ日本に留学してきて日が浅い。上手くいくか分からないのは当然だよな。それは僕も一緒だ。
「アレクシアさん」
「海斗さん、どうして私を?」
「アレクシアさんの気持ちを聞いたからだよ。どうなるか分からないけど、やってみよう」
「……はい」
アレクシアさんとしては予想外の展開なのかな。まさか、からかっていた?
いや、それはない。初めての恋愛でどうすればいいのか不安になっているだけだ。そんなことは絶対有り得ない。
「海斗さん、私頑張ってみます」
「……うん」
異国人同士の初めての交際。上手くいくかな。
「もうすぐホテルに着くぞ」
「あっ、うん!」
ホテルの駐車場が見えてきた。よし、温泉に入ってゆっくりするぞ。
「よし、到着。部屋に戻って温泉に入りに行くぞ」
ミニバンから降りてホテルのフロントに行き、預けていた鍵を返してもらって部屋に直行した。
「海斗、ちょっといいか?」
「いいよ。何?」
「車の中での会話、じっくり考えて出した答えなんだよな。まあ、なんだ。頑張れよ」
「……うん、頑張るよ」
僕は軽く微笑み、温泉に入る準備に取り掛かった。
自分の気持ちに正直になった結果だ。音羽も理解してくれている。けど、アレクシアさんはどう思っているんだろう。自分の気持ちに正直になれているのかな。もし違ったら大変なことになる。その点を踏まえて色々聞いた方がよさそうだな。
よし、温泉から上がったら聞いてみよう。
「海斗、温泉に入りに行くぞ」
「うん!」
温泉に入りながらゆっくり考えよう。そうすればきっと良い方に向かうはずだ。
「お父さん、温泉楽しみだね」
「そうだな。久しぶりの温泉だし、ゆっくり入ろう」
大浴場には色んな効能がある温泉があると聞いている。ひとつずつ入って試してみよう。
「海斗、何時間入る?」
「一時間半くらいかな」
「そうしたら、一時間経ったら声を掛けるよ」
「分かった。それまで自由に入らせてもらうね」
僕の温泉好きは、お父さんも知っている。長風呂になるのは予想済みだろう。
「ここか。よし、入ろう」
男湯の脱衣所に入り、服と下着を脱ぎ、温泉の戸を開ける。
結構広いな。
「海斗、体洗ってから入れよ」
「分かっているよ」
洗い場の風呂椅子に腰掛け、全身をくまなく洗う。
ゴールデンウィークということもあり、他の宿泊客が多い。マナーを守って入ろう。
「お父さん、お先に」
「うん」
薬湯がふたつもある。ちょっと浸かってみるか。
「あ~、気持ちが良い」
年配の方が結構多いな。なんか、僕おじさんっぽい。
「君、何処から来たんだい?」
「え? あっ、西東京市からです」
「東京の方か。温泉は好きなのかい?」
「はい、大好きです」
「そうかい。ゆっくりしていきな」
初めて会う人に声を掛けられた。あ~、緊張した。
「海斗、どうだ?」
「凄く良いよ」
お父さんと合流。でも、既にのぼせそうだ。
「足だけ浸かっておこう」
浴槽の縁に腰掛け、温まった体を冷やす。結構熱いな。
「海斗、もう少ししたらサウナに行くから」
「うん、分かった」
僕は約束の時間になるまで様々なお湯に浸かった。
*
温泉に入ったあとは夕食で、新鮮なお魚とお肉をお腹いっぱいになるまで食した。
「あ~、もう食べられない」
「海斗、ちょっといい?」
「うん、いいよ」
音羽が深呼吸をした。車の中で話したことの続きかな?
「海斗。私、諦めたわけじゃないからね」
「分かっているよ。それだけ?」
「それだけ。はい、終わり!」
アレクシアさんが複雑な表情を浮かべている。こうも堂々と告白すれば誰だって悩む。
音羽め。これも計算の内か。
「アレクシアさん、これからもよろしくね」
「はい! よろしくお願いします!」
旅行から帰ってもまだ休みだ。残りの一日も有意義に使おう。
「さて、部屋に戻って休むか」
「うん、そうしよう」
各自部屋に戻り、思い思いの時間を過ごす。
アレクシアさんと交際することが決まり、少し気が緩んでしまった。でも、勉強のことを忘れたわけではない。
将来の夢を実現して初めて本当の出発地点に立ったと言える。とにかく頑張らねば。
そう強く誓って、僕は寝床に伏した。
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