第33話 家族旅行 中編

 今、僕は吊り橋を渡っている。下を見たら駄目なことは分かっているが、ついつい見てしまう。

 一体、何メートルあるんだ。


 「海斗、大丈夫?」

 「少し怖いけど、大丈夫だよ」


 腰を抜かすほどではないが、やはり怖い。音羽もアレクシアさんも慎重に渡っている。

 こんなところで腰を抜かしたら余計危ない。さっさと渡って縁結びの鐘を鳴らそう。


 「もうすぐだよ。頑張って」

 「うん」


 吊り橋を渡り切ることに成功した。あとは縁結びの鐘か。誰と鳴らそう。


 「あ~、怖かった」

 

 音羽が胸を撫で下ろしている。本当にお疲れと言いたい。


 「海斗さん、縁結びの鐘というのはこれですか?」

 「そうみたいだよ」


 アレクシアさんが容赦なく鐘を鳴らした。

 何やら願い事をつぶやいている。


 「僕も鳴らそう」


 アレクシアさんに続いて鳴らそうとした、その時。音羽が鐘の紐を掴んで一緒に鳴らした。


 「海斗、ふたりで鳴らさないと意味がないよ」

 「そうなの?」

 「縁結びなんだから、そうでしょ」


 音羽との縁結び。どんなことがこれから起こるか分からない。

 なんか気分が高揚してきた。


 「さて、引き返そう」

 「そっ、そうだね」


 吊り橋を再度渡らないといけない。度胸の見せ所だ。


 「海斗、慌てなくていいよ」

 「うん」


 音羽の後をアレクシアさんと追い掛けている。アレクシアさんも少し怖いのか、時折下を見ている。


 「アレクシアさん、手をつなごう」

 「あっ、はい!」


 手をつなぐくらい許してもらえるだろう。音羽次第だけど。


 「はあ~、やっと渡り切った。海斗」

 「ん? 何?」

 「……また私の見ていないところでそういうことする。少しは遠慮してよ」

 「ごっ、ごめん」


 アレクシアさんの手を放した。

 ふぅ…………。


 「音羽、嫉妬ですか?」

 「そうだよ。悪い?」

 「フフッ。いいえ、かわいいです」


 音羽が照れている。アレクシアさんの言う通り、かわいいな。


 「海斗、何笑っているの? 君のせいなんだけど」

 「ごめん。でも、かわいいよ」

 「……ありがとう」


 お父さんとお母さんがにこにこしている。こうなることを予想していたのか。さすが僕の親だ。


 「おーい、そろそろ行くぞ」

 「うん」


 ミニバンに乗り込み、シートベルトを締める。

 次は何処に行くんだろう。


 「次は神社に行こうと思うんだけど、いいか?」

 「いいよ」


 神社か。どんなところだろう。


 「海斗、ここじゃない?」

 「ん? 何処?」


 音羽がスマートフォンで検索していた。

 なるほど、全国的に有名な神社か。写真だけでも凄いところだと分かる。


 「出発するぞ」


 神社を目指してミニバンが走り出す。

 インターネットのとあるページには、国宝級の建物や重要文化財の建物があると書かれている。下手に触ると捕まりそうだな。離れて眺めるようにしよう。


 「海斗さん、今から行くところはあまりはしゃいではいけないところですか?」

 「そうだね。神社だから静かにしていた方がいいよ」

 「写真を撮るのは?」

 「恐らく駄目だと思う」

 「そうですか……。分かりました」


 重要文化財や国宝級のものがあるなら、写真撮影は恐らく駄目だろう。もし良しとしても近くで撮るのはやめた方が良い。傷付けたら元も子もないからな。


 「海斗、ちょっと時間掛かるから仮眠をとってもいいぞ」

 「分かった。ちょっと寝るね」


 実は昨夜、猛勉強したので少し眠気が残っている。一休みしよう。


 「海斗、肩貸してあげる」

 「良いの?」

 「うん」


 僕はゆっくりと頭を音羽の肩に寄り掛からせ、目を閉じた。




                   *




 「海斗。おーい、起きろ」

 

 お父さんの呼び声で目を覚ました。

 あ~、よく寝た。


 「神社を一通り見て回ろう。拝観料は俺が払うから、ちょっと待っていてくれ」


 予想を大きく上回る凄さだ。これが神社? 美術館まである。それにあっちはなんだろう。


 「海斗、美術館に入る?」

 「うん、入りたい」

 「分かった。入館料を払ってくるわね」


 美術館を見て、それから神社の拝観。勉強になるな。


 「お待たせ。さあ、美術館に行きましょう」


 皆で美術館に入った。日本文化に触れる良い機会だ。アレクシアさんも勉強になるだろう。


 「海斗さん、凄いですね」

 「そうだね」


 色んなものが飾ってある。これらも重要文化財なんだろうな。まあ、触れられないようになっているから良いけど。


 「海斗、どうだった?」

 「昔の日本文化に触れることができて良かったよ。さあ、神社に行こう」

 

 美術館から神社に向かう。

 結構広いな。


 「日本の建築技術は凄いですね。これらは木造ですよね?」

 「そうだよ。凄いでしょう」

 「はい、凄いです」

 

 建物の一部に彫刻が施されている。昔の建築技術がいかに凄いかが分かる。

 さすが、国宝級だ。


 「ねえ、海斗、覚えている?」

 「何? 音羽」

 「この旅行でどちらを彼女にするか決めるってこと。形だけどね」

 「分かっているよ。でも、選ばれなかった方はどうなるの?」

 「それは、友達として付き合うことになると思う。絶縁はないから安心して」


 アレクシアさんが頷いた。彼女も承認しているのか。参ったな。


 「海斗さん、ストレスを感じない方を選んでください。その方が勉強に支障が出ません」

 「うん、分かった」


 どちらか選ばないといけない。ストレスを感じない方か。それを言ったら、アレクシアさんなんだよな。音羽はなんて言うかプレッシャーを感じる。

 僕は何に怯えているんだ。


 「海斗、迷っているよね」

 「それはね。でも、心の中では決まっているよ」

 「え? どっち?」

 「まだ教えない。さあ、神社を見て回ろう」


 奥に進めば本殿と拝殿があるのかな。そこで祈るのも悪くない。

 まあ、お祈りの内容はふたりのことだけど、僕にとってはふたりとも幸せになってほしいから、友達関係が壊れないように神様にお願いしようと思っている。特に音羽は付き合いが長いから、そうなってほしい。


 「ねえ、アレクシア。海斗のことどう思う?」

 「目的に向かって一生懸命頑張っていると思います。その合間に私達のことを考えてくれているのですから、真面目な方だと思いますよ」

 「そうだよね。私もそう思う。けど、考え過ぎるところがあるから、ちょっと心配だよ」

 

 聞こえているけど聞いていない振りをしている。まったくその通りだ。


 「ふぅ……、やっと拝殿に着いた」

 

 五円を財布から取り出し、賽銭箱に投げ入れる。

 僕の願い、届け!


 「海斗、何をお願いしたの?」

 「ふたりが幸せになるようにってお願いしたよ」

 「私はね。海斗と結ばれますようにってお願いしたよ」


 アレクシアさんはどうだろう。まだお願いしている。


 「海斗さん、お待たせしました」

 「うん」


 ここでお願いを聞くのは野暮だ。でも、知りたい。


 「アレクシアは何をお願いしたの?」

 「海斗さんが医学部に合格するようにお願いしました」

 

 なんてこった。これは嬉しい。


 「ありがとう。アレクシアさん」

 「いえ、これくらい大したことではありませんよ」


 お父さんとお母さんが賽銭を投げた。何をお願いするんだろう。


 「よし、皆。今度は足湯に行こう」

 「うん!」


 お母さんが僕の顔を見てにこっと笑った。お願い事は僕のことか。嬉しいな。


 「あの、足湯って何ですか?」

 「足だけお湯に入れる温泉のことだよ」

 「足だけ……、面白そうですね」

 「さあ、行こう」


 僕らは鬼怒川温泉の最寄りにある足湯に向かった。

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世界最高峰に君臨する美少女はモブに興味津々です 月城レン @tukisiro_ren

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