第32話 家族旅行 前編
アレクシアさんと音羽のどちらかを選ぶ。それは究極の選択だ。
「海斗、楽しみだね」
「うん」
今、お父さんのミニバンに乗って栃木県日光市の鬼怒川温泉に向かっている。
実は温泉が大好きで、暇さえあれば何回も入るほどだ。でも、今回は夜と朝の二回。充分に堪能させてもらおう。
「勉強も済ませましたし、充分に楽しめると思いますよ」
「そうだね。やっぱり、勉強を済ませて良かったでしょ?」
「はい、海斗さんの言う通りにして良かったです」
音羽がアレクシアさんの行動を観察している。アレクシアさんが僕に密着しているんだ。威圧されても仕方がない。
「アレクシアは本当に遠慮がないね」
「何がですか?」
「しれっと海斗の腕に手を回すなんて、大胆不敵だわ」
「そうですか? これでも少しは遠慮していますよ」
僕の腕に手を回して甘えている。これでも少しは遠慮しているのか。それ凄く分かる。
「海斗、仲間外れにするなよ」
「分かっているよ」
お父さんは音羽推しか。お母さんはアレクシアさん推しみたいだけど、お父さんの顔を立てるようなことはしないみたいだな。現に頑張れとジェスチャーで伝えている。
これ以上頑張られたら僕の理性が危ういんだけど。
「海斗。ホテルでチェックインしたら色々見て回るから、ふたりをよろしくな」
「うん、分かった。因みに何処を見て回るの?」
「吊り橋とか足湯かな。その他にも色々あるみたいだから、皆で見て回ろう」
吊り橋か。高いところ少し苦手なんだよな。大丈夫かな。
「海斗さん、大丈夫ですよ。私が付いています」
「……アレクシアさん、何で分かったの? 心を読んでいる?」
「顔色を見れば分かります。海斗さんは高いところが苦手なのですか?」
「うん、ちょっとね」
「そうですか。でも、私が側にいれば大丈夫ですよ」
吊り橋の上でふざけて落ちたら洒落にならない。渡るときは慎重に行こう。
「海斗、もうそろそろ着くよ」
「うん、分かった」
宿泊するホテルは最近できたばかりのところ。温泉も充実していると聞いている。料理も美味しいみたいだから充分に楽しもう。
「あっ、あそこだよ」
お母さんが指を差した先に真新しいホテルが見えた。
残念ながら混浴はないが、部屋は広いとのこと。夕ごはんはひとつの客間を貸し切って摂ることになっている。とても楽しみだ。
「ホテルに到着。ちょっと待っていてくれよ」
ミニバンが駐車場に入った。
お父さんの運転スキルが高いお陰で酔うことなく着いた。実に気分が良い。
「着いたぞ」
ミニバンから降りてハッチバックを開ける。
一泊二日だから荷物はそれほど多くない。なのになぜか女性の荷物は大きい。身だしなみに必要なものが入っているのかな?
「それじゃあ、チェックインしに行くぞ」
「はーい!」
お父さんを先頭にしてホテルのロビーに向かう。
チェックインが終わったら部屋に移動して観光の準備をする。まずは吊り橋に行くと言っていたけど、不安が少しある。
僕、高いところが本当に苦手なんだよな。
「すみません。立花です。チェックインを」
「立花様ですね。確認致します」
広々としたロビー。清潔感があって綺麗。そして、なにより解放感。旅行に来たって感じがする。
「海斗、チェックイン終わったぞ」
「あっ、うん」
「部屋は男女分かれて使おう。海斗はもちろん俺と同室な」
「分かっているよ」
お母さんに部屋の鍵が手渡された。
お父さんと同室か。別に嫌じゃないけど、最近のことを根掘り葉掘り聞かれそうだな。
「それじゃあ、部屋に荷物を置きに行こう」
部屋は三階。エレベーターで上がる。
「お父さん、荷物を置いたら吊り橋を見に行くの?」
「そうだぞ」
確か、ネットで調べたら縁結びの鐘があるって書いてあったな。もしかして、それが目的か。
「海斗。もしかして、怖いのか?」
「ちょっとね」
「走ったりしなければ大丈夫だと思うぞ。まあ、常識外れな奴がいなければの話だが」
「手すりから手を放さないようにするから大丈夫だよ。もし怖くなったら引き返すから」
「そうか。その時はそうしろ」
エレベーターに乗って三階のボタンを押した。
吊り橋のことはさておき、どんな部屋なんだろう。和室かな?
「よし、降りよう」
エレベーターから降りて廊下を歩き、部屋の前で止まった。
音羽とアレクシアさん、お母さんは隣の部屋だ。
「海斗、先に入っていいぞ」
「うん」
扉を開けて中に入る。
おお! 窓が大きい。洋室の中に和室スペースがきちんとある作りだ。
「海斗、どうだ?」
「良い部屋だね。ベッドがあるのが凄く助かる」
「そうだろ。さあ、荷物を置いて出よう」
「うん!」
荷物を和室スペースに置いて部屋から出た。アレクシアさんと音羽は既に廊下に出ている。
「お待たせ。あれ? 郁は?」
「カメラの準備をしていますよ。もうそろそろ出てくるかと」
「お待たせ!」
お母さんが本格的なカメラを首から下げている。高そうなカメラだな。
「やっとこの子の出番が来たわね」
「高いんだから壊さないようにな」
やっぱり高いんだ。幾らくらいだろう。
「さあ、吊り橋に行きましょうか」
「はい!」
エレベーターで一階に下り、ロビーに向かって出入口から外に。そして、ミニバンに乗車した。
「さて、何処かな」
カーナビを操作している。
なんか怖くなってきた。吊り橋ってどれくらい高いんだろう。あー、考えるな。考えると余計怖くなる。
「目的地設定完了。さあ、行くぞ」
ホテルからそう遠くないのかな。でも、怖いことに変わりはない。
「海斗、怖いの?」
「え? あー、うん」
「大丈夫だって。手を繋いであげるから安心して」
「うん、分かった」
音羽が積極的だ。余程、アレクシアさんと結ばれてほしくないのか。それとも、元婚約者としての意地かもしれない。
僕としては、付き合いの長い音羽の方が良いと思っている。けど――――。
「私も手を繋いであげます」
アレクシアさんの反則級の可愛さが僕を惑わせる。なんて可愛い子なんだ。手を繋いでいるだけで幸せを感じる。
「海斗。吊り橋の先に縁結びの鐘があるんだ。絶対鳴らせよ」
縁結びの鐘? なるほどな。
「うん、分かった」
「では、出発」
僕達は縁結びのご利益がある吊り橋に向かった。
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