第30話 揺れ動く心

 ゴールデンウィーク三連休の前には学校が三日間ある。だが、僕は今、絶賛恋煩い中。現在は落ち着いているが、ふたりを前にすると落ち着きがなくなる。

 僕はこれからどうすればいいんだ。


 「はあ…………」


 思わずため息を吐いてしまった。ふたりが悪いわけでもないのに何を考えているんだ。


 「海斗さん、大丈夫ですか?」


 アレクシアさんの前だということを忘れていた。弁解の余地もない。


 「アレクシアさん、何で君はそんなに冷静なの?」

 「冷静ではないですよ。少し浮かれてはいますが」

 「そうなの?」

 「はい」


 そうか。浮かれているのか。

 僕が好きだと分かって動揺を隠せないでいるのか。それは大変だ。


 「僕がアレクシアさんを好きなのは、単に容姿が良いからだけじゃないよ」

 「それは分かっています」

 

 キリっとした顔も素敵だ。それより、何で僕の考えていることが分かるんだろう。以心伝心でもしているのかな?


 「あっ、海斗!」


 音羽が呼んでいる。

 あれ? 音羽のアパートだ。いつの間に。


 「音羽、おはよう」

 「おはよう。今日もふたりは仲良しね」

 

 昨日のことで音羽との関係が少し変わった。今の音羽は完全にアレクシアさんのライバルだ。僕を渡すまいと一生懸命になっている。

 僕の心が揺れ動いているのはまさにそれが原因だ。


 「音羽も仲良しではないですか」

 「そう? まあ、海斗とは幼馴染だからね。心が通じ合っているのかも」

 

 そう、心が通じ合っている。音羽には何でもお見通しだ。


 「そうやって海斗さんの心を揺れ動かしているんですね」

 「何? 邪魔って言いたいの?」

 「違います。ただ、心を通じ合わせていることに嫉妬しているだけです」

 

 本当に悔しそうだな。頬を少し膨らまして拗ねている。なんて可愛さだ。


 「さあ、早く学校に行きましょう。遅刻してしまいます」

 「そうだね。行こう」


 ふたりが前を歩いている。険悪、というわけではないのか。まあ、僕としては仲良くしてもらいたい。


 「海斗、少し走ろう」

 「うん!」


 僕は軽く走り出し、ふたりのあとを追いかけた。




                     *




 ――無事、学校に到着して授業を受けられた。

 勉強の方はいつも通り。だが、休み時間毎に音羽とアレクシアさんが話し掛けるようになった。まあ、会話の内容は勉強についてだけど。


 「海斗、食堂に行こう」

 「うん」


 お昼ごはんを摂りに移動する。これもいつも通り――――じゃない。

 ふたりに挟まれている。


 「音羽、目立つんだけど」

 「そう? でも、我慢して」


 ふたりをはべらしているようで罪悪感が芽生える。ああ、何でこんなことになったんだ。これも心に余裕を持ってと言った音羽のせいだ。


 「音羽、くっつき過ぎです」

 「そういう、アレクシアこそ」


 ふたりが腕の取り合いをし始めた。もう目立って仕方がない。


 「ふたりとも、今日はどうしたの? 積極的だね」

 「海斗がどちらにするか選べないと言ったから、選べるように頑張っているだけよ」

 「それは良いんだけど、あまり目立ちたくないんだ。皆の見ていないところでしない?」

 「それは駄目。意味がなくなるから」

 「そう……、なら我慢する」


 僕のことを一番よく知っている、音羽。

 初めて会ってからずっと僕のことを見ている、アレクシアさん。

 どちらを選べばいいのかまだ分からないけど、心は確実に傾いている。その相手は――――。


 「海斗さんは自分のことを格好良いと思っていないのですか?」

 「それは……」


 アレクシアさん。

 そう、心が傾いている相手。もう恋人にしてしまいたい。


 「過去にモブになれと言われて自信がなくなったんですよね。でも、海斗さんはモブではありませんよ。だって、もう既に目立っているではありませんか」

 「目立っている? 何で?」

 「勉強や成績ですよ。皆、努力を認めています」


 皆が僕の努力を認めている。こんなに嬉しいと思ったことがあっただろうか。

 もっと努力する必要があるな。


 「僕、頑張るよ」

 「はい、頑張って立派なお医者さんになってください」


 音羽が頷いた。

 そうか、音羽も認めているんだ。嬉しいな。


 「あっ、食堂に着いたよ」

 

 この学校に西園寺君はいない。彼も自分のプライドがあって僕にモブになれと言ったんだ。でも、僕は僕の道を行く。他人の指図を受けるのはもうやめだ。


 「今日は日替わりにしようかな」

 「あっ、私も」


 食券を購入し、提供台の前に並ぶ。

 モブでいるのをやめたのなら堂々としよう。初めは行動の在り方だな。


 「日替わり定食をお願いします」

 「日替わりね。はい、どうぞ!」

 

 三人で空いている席に移動した。今日は窓際だ。


 「早く食べて教室に戻ろう」

 「うん」


 そう言えば、何を怖がっていたんだろう。この学校に西園寺君はいないし、監視役の人間だっていない。もしモブでいなかったとしても仲間がたくさんいるから大丈夫だ。

 もしかして、恐れられているのは僕の方?


 「まさかな」

 「ん? どうしたの?」

 「何でもないよ。さあ、食べよう」


 これから先、困難が待ち受けているかもしれない。その時はふたりの力を借りよう。

 そうすれば、きっと上手くいくはずだ。



 

 

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