第29話 恋煩い

 最近思ったことがある。何でアレクシアさんは最高なのだと。

 音羽も引けを取らないくらい美人なのは分かっている。けど、突然現れた留学生に恋心を抱いていると分かったのは心に余裕が生まれたからだ。

 

 アレクシアさん。


 ぎゅっと抱きしめたくなるような可愛さ。甘え上手でしっかり者。何処か欠点があるだろうか。

 いや、欠点なんてない。

 男心を鷲掴みにしている時点でそんなものはない。何処か欠点はないかと探そうとすると、どんどん夢中になってしまう。今思えば、なんて恐ろしい人をホームスティさせているんだと考えさせられる。僕はこれからどうすればいいんだ。


 「海斗?」

 

 隣にいる音羽が顔を覗いてきた。

 こんなこと、音羽に相談できない。もし告白したら、たちまち言い争いになるだろう。

 なら、どうする? 立花海斗。


 「音羽、ごめん」

 「え? 何で謝るの?」


 素直にごめんなさいを言う。これで丸く収まれば。


 「もしかして、アレクシアさんのことで謝っている?」


 なんて勘が鋭いんだ。脱帽ものじゃないか。まあ、その方が助かる。


 「うん」

 

 コクリと頷いた。

 僕の唯一の取り柄、素直なところ。だが、それで失敗したことはたくさんある。


 「やっぱりね。アレクシアさんのことが好きなんだ」


 ファミリーレストランで食事をした帰り。もちろん、アレクシアさんもミニバンに乗車している。


 「アレクシアさんを責めないで。全て僕がいけないんだ」

 「つまり、浮気をしたってこと?」

 「……はい」


 音羽が呆れている。元婚約者という立場がそうさせているのか。

 なんか縛り付けているみたいで嫌だな。


 「何でそうなったのか説明して」

 「……心に余裕ができたら自分の立場が見えたんだ。僕はアレクシアさんのことが好きだとね」

 「そう。だけど、私のことが見捨てられない、と」

 「はい」


 音羽のことも大事だ。もし万が一、他の男性とお付き合いしたとしても放っておけない。だって、音羽は僕の唯一の幼馴染なのだから。


 「海斗、苦しいよね。でも、私は助けないよ」

 「何で?」

 「それは、海斗がよく考えて決めることだよ。私が口出しして考えが傾いたら、海斗が優柔不断と思われるでしょ。だからだよ」

 「ごめん。そこまで考えられなかった」

 「まあ、海斗自身が決めることだから、これ以上口出しはしないよ」


 なんて優しいんだ。僕のことを案じてくれるなんて。


 「なんかごめんね」

 「いいよ。気にしないで」


 アレクシアさんが薄ら笑いしている。本心はそれか。なんて計算高い人なんだ。余計怖く感じる。


 「アレクシアさん、これで勝ったと思わないでね」

 「そんなこと思っていませんよ。ただ、海斗さんが興味を持ってくれて嬉しいだけです」


 なんか、ふたりの間に火花が見えるんだけど。まあ、ライバル同士だから仕方がない。


 「海斗さん、この際はっきりしませんか」

 「はっきり? どちらに心が傾いているかを?」

 「そうです。私としては、はっきり言ってもらった方が助かります」


 音羽がじっと僕の顔を見ている。

 うーん……。


 「ごめんなさい。今、ふたりの間で心が揺れ動いている状態なんだ。はっきりは言えない」

 「そうですか。でも、私達には時間がないんです。高校卒業までにはっきりさせてください」

 「分かりました。そうします」


 勉強を口実にはっきりしないのは、ふたりに失礼だ。でも、はっきりさせたらどうなるんだろう。疎遠になってしまうのかな。それはあまりにも残酷だ。


 「まさか、僕が恋煩いするなんて……」

 「今まで勉強ばかりで恋愛なんてしていなかったからだと思うよ。まあ、海斗も年頃になった、かな」

 「音羽……。それは君もだろ」

 「そうだね。ごめん」


 音羽にとっては余裕か。もしかして、恋愛経験が豊富、とか?


 「音羽、お姉さんぶって海斗さんをからかわないでください」

 「え~、からかっていないよ」

 「何でそんなに余裕なんですか。もしかして、恋愛経験があるんですか?」

 「あるよ。一度だけどね」

 

 一度だけ。初めて聞いた。

 

 「その一度って、中学生のとき?」

 「そうだよ。一度だけ先輩に告白されたことがあるんだ。でも、お断りしちゃったけどね」

 「それは何で?」

 「それは……」


 音羽が黙り込んだ。恥ずかしいのか頬を赤くしている。


 「それは?」

 「海斗のことが好きだからよ。もう! 恥ずかしいこと言わせないで!」

 

 顔を両手で隠してもがいている。可愛いな。


 「ありがとう」


 咄嗟に感謝の言葉が出た。モブの僕にとってこんなに嬉しいことはない。


 「まあ、海斗が勉強一筋なのは、私達に相応しい男になるためだし。それにスポーツだって音痴じゃない。私から言わせれば、モブでいるのが不思議なくらいよ」

 「私もそれは同感です」


 モブでいるのは西園寺君から浴びせられた言葉のせいなんだけど、最近はモブでいなくてもいいと思っている。つまり、西園寺君から恐怖を感じなくなったということだ。

 それだけ僕も強くなったってことかな。


 「三人共、もうすぐ家に着くぞ」

 「はーい」


 音羽とアレクシアさんのお陰で自分に自信が付いた。もうモブでいるのはやめよう。きっと、勉強も恋愛も良い結果が残せるはずだ。


 そう願いながら窓の外を眺めた。

 


 

 


 

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