第28話 音羽は勘が鋭い
四月二十九日は祝日で休み。今日こそはひとりでゆっくりしたい。
と、思ったのだけど……。
「郁さん、どうして誘ってくれなかったんですか?」
「ごめんなさい。事情があって誘えなかったの。でも、安心して。海斗は取られていないから」
何も知らせていないのに音羽が家にやってきたのだ。なんて勘の鋭さだ。でも、ちゃっかりお土産は貰っている。
「海斗、今日は空いている?」
「うーん……。少し勉強しようと思っているんだけど、そのあとならいいよ」
「分かった。勉強が終わるまで郁さんとお喋りしておく」
待たれるんですか?
そうですよね。だって、音羽は嫉妬深い女の子。みすみすイギリスから来た女の子に僕を渡すようなことはしない。プライドがあるのだ。
「それじゃあ、ちょっと勉強してくる」
「うん、待っているね」
アレクシアさんは自室で休んでいる。
何でこんなときに部屋に籠るんだ。音羽という最大のライバルが来ているというのに。まさか、昨日の余韻に浸っている?
「まさかな」
階段を上って二階に行き、自室に入って学習椅子に腰掛けた。
今日の勉強は完全に予習。しかも、五月には定期考査がある。学年一位を狙っている僕だ。怠けるようなことはしない。
でも、それはあくまで定期考査に対する心構え。医大の入試はもっと難しい。なら、予習をしっかりし、解き方を暗記していかないといけない。
やはり、一度決めたことをしっかりやるというのは大変だ。
「ちょっと集中するか」
僕は机に向かい、勉強に集中した。
*
――お昼過ぎ。
今日するべき勉強を済ませ、一階のリビングに戻った。
「おまたせ。音羽――」
音羽とアレクシアさんが何故かお茶会を開いていた。まあ、ライバルと言っても親友同士。お茶会くらいするだろう。
「海斗、お昼どうする?」
お母さんは何も準備していない。ここで作ってと言ったら、音羽が昼食を作ることになってしまう。
「外食でもいいよ」
「外食か……。因みに何処が良いの?」
「ファミレス」
ファミリーレストランなら安価で料理を提供してくれる。この人数なら懐に優しい方が良いだろう。
「ファミレスね。隼人さん、行きましょう」
「うん、そうしよう」
皆が玄関に向かっていった。
と思いきや、最後尾にいた音羽が振り返って鋭い眼差しを向けてきた。
アレクシアさんとデートしたことを聞いたな。あまり怒ってはいないようだけど、自分を誘わなかったことに怒りを覚えている。僕から見たらそう思えるのだが、本人はそこまでではない様子。
単に仲間外れにしたことを許せないだけか。参ったな。
「海斗、どうした? 早く来い」
「あっ、うん!」
玄関に急いで向かい、靴を履いて駐車場のミニバンに乗り込んだ。
「音羽、海斗さん、一番後ろにどうぞ」
「うん」
アレクシアさんに誘導された。今日は音羽に譲るのか。
「海斗、昨日随分楽しかったみたいじゃない。何で私を誘ってくれなかったの?」
「ごめん。急に行くことになったから誘えなかったんだよ」
「ふ~ん。でも、お土産くらいは買ってよ」
「本当にごめん。怒らないで」
音羽まで僕を誘惑しようとしている。昨日から二の腕に胸を当てられることが多いな。嬉しいけど、複雑な気分だ。
「よし、出発するぞ」
ミニバンがお父さんの運転で動き始めた。
「海斗。もしかして、アレクシアさんに気を許した?」
一瞬、体がビクッとなった。図星だ。
「……ごめん」
「別にそれは良いけど、私という存在を忘れないで」
「忘れていないよ。僕はいつも音羽のことを考えているよ」
「本当?」
「本当だよ」
音羽が胸を撫で下ろしている。どうやら信じてくれたようだ。
「……アレクシアさん、何笑っているの?」
「いえ、音羽があまりにも可愛いのでつい」
確かに嫉妬している音羽は可愛い。
「あー……、恥ずかしくなってきた」
音羽が顔を隠して悶えている。なんて可愛い子だ。こっちまで恥ずかしくなってくる。
「音羽、この話はもうやめよう」
「そうね」
話題を切り替えれば、からかわれることはない。なのに、何でお母さんは笑っているんだ。また僕を困らせることをする。
「お母さん!」
「海斗は本当にモテモテね。頑張りなさい」
恋愛を頑張れってことか。だから、医大に合格しないとできないんだって!
「海斗、恋愛と勉強の両立ができないと医大に合格できないよ」
「それってどういう意味?」
「少しは余裕でいなさいってこと。心に余裕がないと何かあったときに駄目になるよ」
「そっ、それは確かにそうだね」
「そうでしょう」
心に余裕を持てか。今まで考えたこと無かった。
「そうですよ。心に余裕を持ちましょう」
「うん、そうする」
ん? 音羽が僕の手を握っている。
いつの間に……。
「そうだよ、海斗。心に余裕ができれば、何でも楽しくなってくるよ」
「そうだね。その方が上手くいくかもしれない」
音羽の手に指を絡めた。
僕には心強いふたりがいる。ここで余裕を持たなくてどうする。
「もうすぐファミレスに着くぞ」
「うん」
心に余裕か……。今日は大事なことを助言してもらったな。
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