第27話 水族館 後編
アレクシアさんがどんどん積極的になってきている。人の目を気にしないで胸を僕の二の腕に押し付けてくる。嬉しい反面、恥ずかしい。
「海斗さん、お土産が売っていますよ」
「あっ、本当だ」
水族館最後のエリア、売店。ここで何か買って帰ったら音羽が怒るに違いない。けど、アレクシアさんはお構いなしにお土産を選んでいる。何も考えていないのか?
いや、これはわざとだ。音羽に牽制しようとしているんだ。僕は女の争いに口を出さないようにしないといけない。だけど、音羽のことを考えると胸が痛い。
一体どうすればいいんだ。
「海斗、お土産買わないのか?」
「……お父さん、わざと言っている?」
「……フッ、よく分かったな」
ほら、やっぱりお父さんの悪巧みだった。僕を困らせて笑っている。それは、お母さんも同様だ。
「お母さんも笑わないでよ」
「本当にモテモテね。どんどん困りなさい」
どんどん困りなさいって、一体何を考えているんだ。ふたりに挟まれて修羅場になれってことか。そんなの絶対嫌だ。
「お母さん!」
「冗談よ。でも、アレクシアさんも悪くないでしょう」
「うっ……、それはそうだけど」
「アレクシアさんも本気なんだから、ちゃんと相手しなさい」
「分かった」
イルカのぬいぐるみを見ているアレクシアさんに歩み寄った。
仕方がない。やるか。
「アレクシアさん、それ買うの?」
「今悩んでいるところです。うーん……、どうしよう」
値段は千三百円ほどか。よし。
「買ってあげるよ」
「え? 良いんですか!?」
「うん、いいよ」
「それでは、お願いします」
イルカのぬいぐるみを優しく抱いている、アレクシアさん。照れた顔が可愛過ぎる。
「すみません。これをください」
「千三百円です」
キャッシュトレイにお金を置いてお釣りを受け取った。でも、最後に。
「すみません。値札にシールを張りますね」
「あっ、すみません!」
これでお会計完了である。
「良かったね」
「はい!」
お父さんとお母さんがニヤニヤしている。何笑っていやがる。
「アレクシアさん、良かったね」
「はい、大事にします」
「さあ、ごはんを食べに行きましょう」
エスカレーターで一階に下り、出入口から外に出た。
うっ、眩しい。
「楽しかったな。また来よう」
「うん」
駐車場に移動し、ミニバンに乗り込んでシートベルトを締めた。
アレクシアさんからのスキンシップが一旦止んだ。それって、僕とお母さんのやり取りを見ていたのから?
でも、機嫌が良い。
「海斗さん、イルカのぬいぐるみ大事にしますね」
「うん」
今から何処に行くんだろう。都内で食べられるところって駐車場がないぞ。食べるとしたら離れた有料駐車場に止めないといけない。お金が掛かるな。
「お父さん」
「何だ?」
「今から何処に行くの?」
「赤坂のとんかつ屋だ。駄目か?」
「駄目じゃないけど、大丈夫?」
お父さんが怪訝な顔をして首を傾げた。
「大丈夫だぞ」
「それならいいや。ごめん。呼び止めて」
「まあいいが。心配するな。お金はちゃんとある」
「うん」
余計な心配だったか。なら、着くまでのんびりしよう。
「海斗さん、とんかつって何ですか?」
「え? 知らないの?」
「はい。一体どんな食べ物なんですか?」
知らないのなら教えてあげよう。
「とんかつというのは、豚肉に衣をつけた食べ物だよ。カロリーが高いのが特徴かな」
「豚肉に衣を……。天ぷらと同じですか?」
「そうだね。大体一緒だよ」
アレクシアさんがスマートフォンを取り出した。初めからスマートフォンで検索すれば良かったのでは?
なんて言ったら野暮だ。僕はそんなに空気を読まない人間じゃない。
「結構車が多いな」
「そうですね」
ちょっと渋滞に巻き込まれた。でも、苦ではない。
あれ? スーパーカーが止まっている。格好良いな。
「海斗さん、赤坂には何があるんですか?」
「えーっと……、東京ミッドタウンとか色々あるよ」
「色々ですか? 高校を卒業したら見て回ろうかな」
「その時はお供しても?」
「もちろんいいですよ。その時はふたりで見て回りましょう」
約束を交わしてしまった。もう後戻りできないぞ。
「……都会ですね」
ビルが多く建ち並ぶ都内を見たら、都会だと思って当然だ。僕だってたまにしか都内に来ることはない。やっぱり、日本の首都は違うな。
「海斗、アレクシアさん、もう少し我慢してくれ」
「うん」「はい!」
僕は都内の風景を静かに眺めた。
*
無事、有料駐車場に車を止め、とあるとんかつ屋に辿り着いた。
「海斗、ランチを頼め」
「うん」
アレクシアさんも強制的にランチを注文することになった。本人も了承しているようだし、良しとしよう。
「すみません。ランチ四つで」
「かしこまりました」
いかん。水族館ではしゃぎ過ぎて疲れが……。
「海斗、眠いのか?」
「うん、少しね」
「さては、水族館で緊張していたな。まったく、体力がない奴だ」
「仕方がないだろ。アレクシアさんが可愛いからどうすればいいのか分からなかったんだよ」
アレクシアさんが照れている。はい、僕死んだ。
「確かにアレクシアさんは可愛くて美人だ。でも、疲れるのはいけないな」
「それは分かっているよ」
アレクシアさんの可愛さは世界最高峰レベル。そんな彼女とデートして精神面が保てるとは到底思えない。
今思えば、僕は何故疲れだけなんだ? 意味が分からない。
「海斗さん、肩をお貸ししましょうか?」
「いや、大丈夫だよ。ありがとう」
お冷を飲んだら眠気が少し取れてきた。水分不足か?
「アレクシアさん。最近、海斗とは上手くいっている?」
「はい、とても仲良くしていただいています」
「そうなの? 何かあったらすぐに相談してね。力になるから」
「はい。ありがとう御座います」
わざとらしく感じているのは僕だけか?
でも、アレクシアさんはわざとらしくない。もしかして、お母さんの独断で僕と交際させようとしている?
まさか、アレクシアさんを永住させるつもりじゃ……。
「お待たせしました。ランチです」
「ありがとう御座います」
ランチがきた。思ったより提供が早いな。
「では、頂こうか」
「頂きます」
アレクシアさんが何をすればいいのか悩んでいる。よし、教えるか。
「アレクシアさん、このソースをかけるんだよ」
「ソースをかけて召し上がるのが定番なのですか?」
「人それぞれだけど、僕はソースをかける派かな」
「でっ、では!」
とんかつにソースをかけている。結構多め。
「いっ、頂きます!」
思いっきりとんかつを口に運んだ。感想は。
「美味しいです! 衣がサクッとしていてお肉がジューシーです」
「美味しいでしょう。どんどん食べて」
「はい!」
良かった。気に入ってくれたようだ。
「海斗も食べなさい」
「うん」
アレクシアさんが加わっただけでこんなにも楽しくなるとは。やはり、アレクシアさんの存在感は大きい。
「海斗さん、美味しいですね」
「うん」
僕達は時々お喋りをしながら、とんかつを美味しく頂き、楽しい時間を過ごした。
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