第26話 水族館 前編

 ――四月二十八日、日曜日。

 お父さんの計らいで都内の水族館に行くことになった。


 「隼人さん、ありがとう御座います」

 「アレクシアさん、早速だけど行こうか」


 皆で駐車場に移動し、ミニバンに乗り込んだ。

 

 お父さんもアレクシアさんが暇にならないように考えたのか。しかも、今から行く水族館はイルカショーがある比較的大きなところだ。これなら、アレクシアさんも楽しんでくれる筈。僕も楽しみだ。


 「えーっと、カーナビに水族館の住所を入力して……」


 カーナビに水族館の住所を入力して道案内が始まった。

 地元の西東京市から水族館までは約一時間かかる。それまでアレクシアさんと世間話をするのも悪くない。


 「アレクシアさん、水族館には行ったことがある?」

 「小学生のとき、母国の水族館に行ったことがあります。でも、日本の水族館に行くのは今回が初めてです」

 「そうなんだ。今回行く水族館は凄いところらしいから楽しもう」

 「……はい!」


 事前にインターネットで水族館の様子を調べた。イルカショーも演出が凄そうだから期待大だ。

 

 「それじゃあ、出発するぞ」

 

 お父さんがギヤを入れてミニバンを走らせ始めた。僕は姿勢を楽にし、背もたれに寄り掛かる。

 それにしても、アレクシアさんの私服が素敵過ぎる。フリルがあしらわれたスカートとピシッとアイロンが掛かったシャツ、スカートとセットになっているブレザーに首元の大きなリボンが印象的だ。

 やはり、お嬢様だから服装も品がある。実に素晴らしい。


 「海斗さん、この服装どうですか?」

 「え!? その……、実に良いです」

 「ありがとう御座います」


 凄く嬉しそうだ。それに比べて、僕の服装は実に普通だ。なんたって、ジーンズとプリントされたTシャツだからな。褒めようにも褒めれない。


 「あれ? 海斗さん、ネックレスとブレスレットが……」

 「ん? これ? ちょっとしたお洒落だよ」

 「そうなんですね。何だか格好良いです」

 「そう? ありがとう」


 シルバーアクセサリーを着けてきたのは正解だったようだ。アレクシアさんからの印象がとても良い感じだ。これなら少し格好付けてもいいかもしれない。


 「海斗さん、水族館楽しみですね」

 「そうだね」


 僕は時折、アレクシアさんに話題を振りながら、水族館に着くまでお喋りを続けた。


 


                  *




 約一時間掛けてようやく水族館に到着した。

 

 「やっと着いたな。よし、降りよう」

 「うん!」


 水族館はホテルに併設しているのか。観光客向けの水族館のようだ。なんだか、お洒落だな。


 「海斗さん、行きましょう」

 「うん」


 今日のアレクシアさんは積極的だ。自分から手を握ってきている。なんか、恋人同士になった気分だ。


 「海斗、アレクシアさんとはぐれるなよ」

 「分かっているよ」


 お父さんもお母さんと手を繋いでいる。これってまさか、お父さんの計画通りなのか?

 誰かが裏で手を回している?


 「海斗さん、どうされました?」

 「いや、何でもないよ。それより、ここって結構広いね」

 「そうですね」


 出入口から水族館に入った。

 いきなり凄いところに来た。アートワークとコラボレーションしていると情報にはあったけど、色使いが巧みで衝撃的だ。ここって本当に水族館か?


 「わあ~、凄いですね」

 「そうだね。色使いが鮮やかだ」


 お父さんが手招きしてきた。入館するにはまず、チケット購入だよな。


 「海斗、ふたりのチケットだ。なくすなよ」

 「うん、ありがとう」

 

 入場ゲートでチケットを切ってもらい入館した。ウエルカムスペースの奥には幾つか水槽がある。ここもアートワークが使われている。奥にはメリーゴーランドがあるな。


 「海斗さん、綺麗なお魚が泳いでいますよ」

 「ん? どれどれ」


 こんな場面、音羽に見られたら大変なことになるだろうな。そもそも音羽を誘わなかったのは何かしら理由がある筈。

 まさか、昨日の主張ってお父さんとお母さんにも話して……。もしそうなら、アレクシアさんも本気だってことだよな。何だかマズいことになってきた。

 

 「海斗さんとこうして水族館に来れて、私楽しいです」

 「僕もだよ」


 お父さんとお母さんに合わせて移動した。今度は少し薄暗いエリアだ。


 「ちょっと目がチカチカしますね」

 「そうだね。まあ、演出だから我慢して」

 

 暗い場所で光と色の演出がされているから少し目がチカチカしている。でも、次に進むにつれて落ち着いてきた。次は二階だな。


 「アレクシアさん、二階に上がろう」

 「はい!」


 エスカレーターで二階に上がったところでスタジアムが見えた。イルカショーはもうすぐだ。


 「アレクシアさん、イルカショーは見たことがある?」

 「いえ、まだありません」

 「水に濡れるといけないから上の方に行こう」

 「はい!」


 お父さんとお母さんのあとに続いて上の席に座った。ここなら水をかけられる心配はない。

 

 「楽しみですね」

 「うん」


 アレクシアさんがぴったりとくっついている。胸が二の腕に当たっているのは言うまでもない。これは拷問か?


 『皆さん、お待たせしました。イルカショー開始です』


 スタジアムの天井から差し込む日の下、イルカたちがドルフィンパフォーマンスを演技している。

 結構、水しぶきが激しいな。大丈夫か?


 「わあ~、凄い!」

 

 子供……、いや、僕も子供か。でも、素直に感動できない。アレクシアさんの魅力がイルカのパフォーマンスより勝っているからだ。一生懸命泳いでいるイルカさん、ごめん。


 『では、そちらの方。手拍子をお願いします』


 観客参加型のイルカショーだったのか。楽しそうだ。


 「海斗さん、イルカが手拍子に合わせて泳いでいますよ」

 「お~、凄い!」


 僕には分かる。アレクシアさんが時折、意識しているか確認していることを。やっぱり、お母さんのせいか。


 『それでは皆さん、またのお越しをお待ちしております』


 イルカショーが閉幕した。さて、次のところに行こう。


 「アレクシアさん」

 「あっ、はい!」


 アレクシアさんに手を差し伸べ、手を繋いで次のエリアに向かった。

 さて、次はどう動くのやら。

 


 

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