第21話 高梨音羽は抜かりない〜音羽side〜

 海斗が全国統一模擬試験を受けに行ってしまった。それは別にいいんだけど、アレクシアさんに先を越されているのが非常に辛くて堪らない。そのひとつがお弁当作り。私だったら海斗が喜ぶものを用意できるのに、郁さんに教育を受けているアレクシアさんに先を越されるし、海斗からの評価だってもらえないでいる。これは重大な問題だ。

 さて、愚痴はこれくらいにして学校に行こう。


 「行ってきます」

 

 両親は共働きで朝が早い。なので、いつも誰もいないリビングに向かって挨拶している。寂しいと思えばそうだけど、私にとってはこれが日課なのだ。


 「高梨さーん!」


 噂をすればアレクシアさんだ。今日は海斗のお願いで一緒に登校することになっている。

 

 「おはよう」

 「はあ……はあ……、おはよう御座います」


 なんて美しい子なんだろう。海斗から世界最高峰レベルの美少女だと聞いているけど、全てにおいてレベルがチートだ。そのせいで、私のレベルが低く見られる。正直、苦しいな。


 「アレクシアさん、走ってきたの? お弁当作りに時間が掛かった?」

 「あっ、はい、お弁当作りに時間が掛かってしまって……」

 「そう……、頑張ったんだね」


 違う見方をされたら皮肉だと捉えられてもおかしくない。だけど、この子はそういうのに疎い。

 なんだか、自分が情けなくなってしまう。元婚約者だからかな。こう考えてしまうのは。


 「お待たせしました。行きましょう」

 「うん」


 アレクシアさんが息を整えて歩き始めた。ひとつひとつの動作が美しい。これが世界最高峰に君臨する美少女か。私には到底真似できないな。


 「高梨さん、どうされました?」

 「え? 何でも無いよ」

 「そうですか? 何か考え事をされているような……」


 気遣いも一級レベル。だけど、それが苛立つ原因だとは分かっていない。

 こういうときこそ知らない振りをしてほしいのに。


 「海斗のことを考えていただけだよ」

 「そうですか。全国模試、上手くいくのかな」

 「上手くいくと思うよ。だって、海斗は天才をも凌ぐ秀才だもん」

 「……そうですよね。海斗さんなら上手くいきますよね」

 「そうだよ。海斗ならできる!」


 海斗を好きになりすぎたあまり崇拝するようになってしまった。でも、嫌だと思ったことは一回もない。だって、海斗は天才を凌ぐ秀才で負けず嫌いだ。自分から負けに行くとは思えない。だから、全国統一模擬試験は上手くいく。


 「凄いですね」

 「何が?」

 「高梨さんは海斗さんのことを何でも分かっている。本当に羨ましいです」

 「……ねえ、何で海斗のことを狙っているの?」

 

 軽くジャブを入れてみた。

 問題はそこ。何でホームステイして間もない女の子が海斗のことを好きなのか。非常に気になる。


 「それは……、興味が凄くあるからです。でも、決してからかっているわけではありません」

 「からかっていなかったらどうして?」

 「……純粋に海斗さんの人柄に惹かれたからです」

 「そうなんだ。実は私も海斗のことを狙っているんだよね」

 「それって……?」

 「つまり、アレクシアさんのライバルってこと。だから、これ以上、海斗のことは教えない」

 

 表情が曇った。

 そう、私はアレクシアさんのライバル。ライバルに好きな人の情報をみすみす渡すほど馬鹿じゃない。

 それぐらい自分で調べてほしい。だが、意地悪をしようとは考えていない。そんなことをしたら海斗に叱られるが落ち。だから、平等の立場を作ろうとしている。


 「……そうですよね。すみません」

 「でも、仲良くはするよ。友達だし」

 「はい」


 元気がなくなった。ちょっと言い過ぎたかな。


 「……負けません」

 「え?」

 「私、負けません。だって、海斗さんと一緒にいたいから」

 「……そうね。私も一緒にいたい」


 考えていることは同じ。けど、立場が違う。どうしてこうなったんだろう。


 「高梨さん」

 「何?」

 「私達、友達ですよね。音羽とお呼びしてもいいですか?」

 「いいよ。それじゃあ、私はアレクシアと呼ぼうかな」

 「いいですよ。では、音羽」


 次は何を言い出すんだろう。少し緊張する。

 

 「お互い頑張りましょう」

 「……そうだね。頑張ろう」


 ああ、この子はなんて純粋なんだろう。自分の気持ちを着飾ることなく、素の気持ちをぶつけてくる。そうか、こういうところが海斗の興味を引いたのか。だから、海斗はこの子を受け入れたんだ。でも、負けない。元許嫁だからじゃなくて、ひとりの女として海斗をゲットする。そして、私は海斗を支えるんだ。


 「アレクシアさん、少し急ごう」

 「はい!」


 この子にけなし言葉を掛けても無意味だ。だって、この子は何も悪いことをしていないのだから。

 なら、私は私のしたいことをするだけ。頑張るんだ。

 

 「アレクシアさん、転ばないようにね」

 「はい、気を付けます!」


 私は気遣いながら必死についてくるアレクシアさんを連れて学校まで走った。


 

 

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