第18話 彼女は純情

 ピクニックが終わり、再び日常がやってきた。

 

 「お母さん、行ってきます」

 「うん、いってらっしゃい」


 僕は今、非常に疑問に思っていることがある。それは、アレクシアさんがなぜ愛を求めているのか。

 ホームスティで我が家にやって来て日が浅いのに、愛を求めるのは早過ぎるのではないだろうか。今思えば、非常に不自然だ。


 「ねえ、アレクシアさん」

 「何でしょう?」

 

 当たり前のように隣にいるのも違和感がある。単に好きだからかもしれないけど、疑問によって生じた違和感が消えない。

 

 「アレクシアさんは僕のことが好きなんだよね。どんなところが好きなの?」

 「真面目で頑張り屋さんなところでしょうか」

 「真面目で頑張り屋か……。もし、医大に受からなかったら?」

 

 アレクシアさんが立ち止まった。探っているのがバレた?


 「受からなかったからと言って興味が無くなることはありません。もしかして、私のことを腹黒だと思っています?」

 「それは絶対にないよ。ただ、僕に好意を寄せるのが早過ぎるなって思っただけだよ」

 「まさか、愛を求めていることに疑問を?」

 

 図星だ。もう言おう。


 「うん、そうだよ」


 何か考えている。それより、凄い洞察力だ。僕の考えていることを一発で当ててみせた。

 本当に何者なんだ。


 「……確かにまだ日が浅いですね。でも、母国にいるときから海斗さんのことは知っていましたよ」

 「母国? イギリスで?」

 「はい、お父様からよく聞かされていました」

 

 取り敢えず歩くか。遅刻してしまう。


 「具体的に何を?」

 「そうですね……。勤勉家で物静かな方、と」


 当たっている。でも、それだけで好きになるか?


 「勤勉家で物静か……。当たっている」

 「ですよね。だから、好きになったんです」


 これ以上の詮索はよそう。アレクシアさんの機嫌が悪くなるかもしれない。


 「アレクシアさん、少し急ごう」

 「……はい!」


 アレクシアさんと共に歩を速め、学校に急いだ。




                  *




 ――学校にて。

 

 「なるほど、だから疑問に思ったんだ」


 音羽に今朝のことを相談した。何で相談したかは言うまでもない。音羽が僕の元許嫁だからだ。


 「でも、アレクシアさんもからかってはいないよ」

 「それは分かっているよ」


 からかっていないのはよく分かっている。イギリスで色んなことを聞いて興味を持ち、この日本にやってきた。そして、僕と出会い、こうして共に学校生活を送っている。

 僕から言えば奇跡だ。


 「海斗さんは自分がモブだから信じられないんですよ」

 「さらっと事実を言わないで、アレクシアさん」

 

 アレクシアさんの口からモブという言葉が出た。なんか笑える。


 「ふたりとも、もうそろそろ先生が来るから席に戻って」

 「そうね。では、また」


 ふたりが席に戻って着席した。

 疑問に思っていたことが解消され、落ち着きが戻りつつある。そう言えば、ここ最近、アレクシアさんに振り回されているな。彼女の魅力がそうさせているのか。でも、悪くはない。


 「皆、おはよう。出席を取るよ」


 現時点では、邪な心はないと思える。アレクシアさんって純情なんだな。つい嬉しくなってしまう。だけど、音羽もアレクシアさんと同等だ。


 「――立花君」

 「あっ、はい!」


 危ない。返事が遅れるところだった。出席を取っている時に考え事をするのはやめよう。


 「では、次」

 

 未だにふたりの行動が把握できていない。ふたりはどんなことを考えて行動しているんだろう。今はゴールデンウィークの旅行について考えているのかな。まあ、僕も楽しみにしているから同じか。

 それより、アレクシアさんの僕に対する興味がどんどん強くなっている。ピクニックに行ってから何をしているのか気になっているようだ。がり勉でモブの僕が物珍しいのか?

 いや、単に僕という存在を調べているだけだ。ただの興味ではないのは明らかだろう。


 「皆いるな。では、今日も一日頑張って」

 「はい!」


 ショートホームルームが終わった。それから入れ替わりで世界史の先生が教壇に上がった。


 「皆、おはよう。授業を始めるぞ」


 僕は必要な教材を準備し、授業に挑んだ。




                    *



 昼休みになり、クラスメイトが各々の行動に移った。それは、音羽とアレクシアさんの来訪を意味する。


 「海斗、食堂に行こう」

 「うん」


 美少女ふたりに囲まれて食堂に行くモブ。学校で有名なイケメン男子の視線が痛い。


 「海斗さん、いじめられたら言ってくださいね。ビシッと言ってあげますから」

 「あー、うん。その時はよろしく」


 女の子に守られるのは少し辛いな。ここは男の僕が守るべきなのに。何故か頼りたくなってしまう。それだけ、ふたりが強いという事か。なんか情けなくなってきた。


 「海斗、気にすることないよ。堂々としていて」


 堂々と、か。それは無理な話だ。


 「何で皆、海斗のことが気になるんだろう。私達のせい?」

 「そうではないでしょうか。君達、自覚ある?」

 「何の自覚?」


 自覚していらっしゃらない。これは罪深い。


 「まあいいや。食堂に行こう」


 音羽が真剣に考えている。

 思い当たらない時点で何を意味するのか分かる。ふたりは美少女だということを当たり前だと思っているのだ。他の女子が聞いたら発狂しそうだな。


 「ねえ、海斗、また考え事しているでしょう」

 「え? よく分かったね」

 「それって私達のこと? もしそうだったら聞かせて」

 

 聞かせてと言われても、言った時点で終わりだ。それは素直に拒否する。


 「それは聞かせられないな。でも、ふたりが純情だなって思っていたことは事実だよ」

 「そう? まあ、私達は海斗を裏切ることはしないし、ずっと仲良くしていきたいと思っているしね」

 「……ありがとう」


 嬉しいな。こうも素直に言われると。


 「さて、今日は何を食べようかな」

 「毎日、日替わりだと飽きちゃうから、たまには違うのにしたら?」

 「そうだな……。たまにはカレーでも食べようかな」

 

 ふたりは純情で裏切らない。このことに甘えて浮かれていたら駄目だ。

 

 そう――――、人生何があるか分からないのだから。

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